自身の音楽を象徴するようなファッションアイテムを4人のアーティストに持ってきてもらった。大切にしている背景からは、深い思いが伝わってくる。短期連載 #捨てられない衣装ものがたり
ミュージシャン中村佳穂の「捨てられない衣装ものがたり」
中村佳穂
呉服リメイクのガウンとジレ
祖母から譲られた貴重な反物を
オートクチュールの技で仕立てた一点もの
獅子を絞り染めで表した男物の正絹の長襦袢地、美しい柄が全面に織り上げられた大島紬。しげしげと見惚れてしまう贅沢な素材を、大胆にリメイクした個性あふれる逸品。
「私の祖母が神戸で営んでいた呉服店を畳むことになったとき、残っていた反物を譲ってもらっていたんです。自分が30歳になる節目に、それを仕立ててみようと思い立って」
昭和半ばあたりまでは、気に入ったテキスタイルを持ち込んで服をオーダーメイドできる小さな店が、町に当たり前に存在した。そのイメージに憧れがあったという。
「それからは、地方にツアーで行くたびに、長く営業している雰囲気の、近所の奥様たちが集まってお茶しているような洋品店に出入りしては、腕のいい縫製職人の情報集めです。2年ほどかけて名古屋のショップで出合ったのが、民族調の和柄に不思議なフリンジをあしらったワンピース。裏地もとてもきれいで、この服を作り上げた人を教えてもらいたいと店主にお願いしました」
現在、中村さんが服のサイズ直しもすべてまかせていると信頼を寄せるのは、今年80歳になる女性。若い頃から輸入生地のオーダー店などを手がける中で、オートクチュールの技術と、既製品の縫い方をいい形で取り入れるようになった。ステッチが美しいのはもちろん、布のどこを使うかの目利きでアイデアも豊か。
「ライヴにも着られるものはできますか?」と聞いたら「もちろん!」。そこで、あれこれデザインを相談する折に、中村さんが伝えたのが「風に揺れるものがいい」ということ。
「ピアノを弾くのにステージ上ではあまり動き回らないので、風が吹いたときに揺れるのは髪と服だけ。そういうシーンを、観に来てくれたみんなは一生の思い出として持ち帰るはずだと感じていて。そんなロマンティックな話も聞いてもらったりして、できたのがこの2点です」
大島紬は、チャイナドレスふうにしようと考えていたが、ウエストから裾にかけてスリットが深く入ったジレの形にすることで、動きが出るようになった。丁寧に施された黄色いトリミングがいいアクセントになっている。絞り模様の長襦袢は、セーラーカラーの背に獅子をのせ、和服の袂を活かして腕を通さなくても着られるボリューム袖のガウンに。フェスなどで羽織れば、印象的になびかせて登場できる。
「きものはメンテナンスして次世代に受け継がれるもの。この服も、私の後に誰かがワクワク着てくれると想像しています。それにまだ反物はたくさんあるから、グッズを作れないかとスケッチを描いているんです」
Photo_Hikari Koki Text_GINZA