2015年2月のベルリン国際映画祭短編コンペティション部門で、銀熊賞を受賞した『普通の生活』。滲んだような線とパステルカラー調で、見慣れた日常的なモチーフや身体のパーツがノンストップで不思議な展開をみせる。凝り固まった脳をマッサージされる、約10分のメディテーションアニメだ。5月30日に新文芸坐で一夜限りの上映があるとの情報をキャッチ。カンヌやベルリンで注目を集めてきた、新進気鋭の映像作家・アニメイターである水尻自子さんに話を聞いた。
ベルリン銀熊賞受賞のアニメ『普通の生活』を観に行かない?
映像作家でアニメイター、水尻自子さんにインタビュー

——しいたけ、回転寿司、ブラインド、ビニール袋、犬の口、人の指や髪、ドーナツ……。最新作『普通の生活』では、見慣れたはずのモノに意外な展開が起きるのがシュールで引き込まれますが、モチーフはどのように選んでいますか?
あまり突飛ではない、どの国の方でも見たことあるようなものをできるだけ選んでいます。その上で、なんだか知らないけど触っちゃうもの、触りたくなるもの。たとえば私は犬を飼っているんですけど、犬の口は、表面はフワフワでかわいいのに、ペロンとめくると恐ろしい牙が現れるのが面白いなと。あと回転寿司は昔、ネタが大きすぎて、レーン上ですごい引きずっているのを見たんです。そういう日常で目にした忘れられない動きを、視覚的にしりとりするように、物語にも見えなくない感じにつなげたり。観る方にも頭で考えるより、身体でムズムズと感じとってほしい。アニメーションなのでデフォルメ具合によって、実際よりもう少し気持ちよくとか気持ち悪くとか、調整しながら作っています。
——お寿司がビニール袋より大きかったり、ビニール袋が当たった女性の頭がドゥルンと波打ったり。モチーフのサイズや質感に、現実のそれとは異なる意外性を持たせるのはなぜですか?
リアルさと不思議さのいい塩梅を探っている感じです。モチーフそれぞれについて、必ずしも現実に即さない自分なりの形や弾力のイメージがあって、描きながらそこに近づけていくみたいな。ビニール袋がお寿司に当たるのは、ちょっとわかりにくいんですが、違う時間軸同士が入り混じっている設定でした。だからサイズ感が相対的にちょっとヘンで。というのも人の意識って、思い出したり想像したりすることにより、すぐ過去や未来に行き来できると思うんです。一方で何かに触れた時は、肉体的な感覚によって“今”にいるとわかる。その瞬間、肉体と精神が完全に一緒になるというか。そういう肌身の感覚を忘れずにいようよ、という意識で作ったシーンです。

——モチーフ選びにも、「肌身の感覚を忘れずに」というメッセージにも、ユニバーサルな表現を目指していることが見受けられます。それはどうして?
昔から自分を出したくないという気持ちがあって……というか、そもそも自分に個性なんてないと思っていたんです。画力が突出しているわけでも、個性的な絵を描くわけでもなかったので。なるべく影薄くいたいと思っていたら、こういうふわっとした画風やゆったりした柔らかい動きに行きついた(笑)。紙に原画を描いていた頃は、スキャンする時にトレーシングペーパーを挟むことによって、線を薄く仕上げていました。今は完全にデジタルです。色調がパステルカラーなのも、あんまりビビッドだと線が見えづらく、アニメの動きが伝わらないから。線と色のどちらも強くなりすぎないようにバランスをとることでこうなりました。
——『普通の生活』というタイトルを選んだ理由は?
何が普通かは人によって違うけど、生活は基本的には毎日繰り返すものですよね。その反復の中で少しずつ変化するのが、普通の生活。それはアニメの作業とリンクしていて、私の作品は中割りという、原画と原画の間を描く作業がかなり細かくて。余白が線で埋まるくらい描くから、ああいうゆっくりしたテンポのアニメになります。この作業自体、自分にフィットしているというか、ちょっとやめられないくらい好きなんです。ほとんど同じような絵を生み出しながら、それが微妙に変わっていく。まるで修行とか、坐禅のように、無になれる時間です。そういう自分にとってのアニメと、毎日の描写をかけたタイトルです。
——音楽はドラマ『サ道』や、ゲーム『ファイナルファンタジー』シリーズなども手がけるとくさしけんごさん。どんなリクエストをしましたか?
どういう音楽がいいとかはあまり浮かばないので、信頼できる方にお任せすることが多いです。とくさしさんは私のアニメについての理解度がかなり高い方で、2014年に初めてベルリンのコンペに入った『かまくら』などでご一緒してきました。今回はチェロ四重奏がメイン。アニメの制作過程からイメージのすり合わせをしたので、それこそ一定のリズムの反復からだんだん外れていく感じをうまく表現していただけました。一つだけリクエストしたのは、iPhoneのボイスメモに残っていた祖母の声を「これ使えないかな?」って。10年くらい前に亡くなったのですが、生前になんとなく会話を録音していて。それで劇中に一瞬、祖母の「うん」っていう不意の相槌が入っている。そういうちょっとヘンな試みにも面白がって対応してくれました。
——今回の製作には、『リンダはチキンが食べたい!』や『化け猫あんずちゃん』も手がけたフランスのミユ・プロダクションズが入っています。国際共同制作において印象的だったことを知りたいです。
私の作りたいものを全面的に尊重していただいたように思います。たとえば……、今回ビニール袋を登場させたのは、『アメリカン・ビューティ』という映画の、ビニール袋が風に舞うさまに美しさを見出すシーンの引用なんです。でも日本で一部の方から、「最近ヨーロッパでは、環境保護の観点からそんなにビニール袋を使わないので、意図を曲解される懸念があるのでは?」と言われて。それでミユ・プロダクションズの方にも念のため聞いてみたら、一言「別にいいんじゃない?」って。概念的なことを伝えているだけだからと、結局ノータッチでした。
Text&Edit_Milli Kawaguchi