地下鉄、雨水管、沖縄のガマなど、ありとあらゆる日本の地下世界へとダイブする、小田香監督の最新作『Underground アンダーグラウンド』(3月1日より日本公開)。本作はベルリン国際映画祭のフォーラム部門で上映され、インターナショナルプレミアを迎えた。2月の寒い夜ながら、会場は満員。ベルリナーたちは上映後のQ&Aまでじっと耳を傾けていた。映像や音により、まるで催眠術にかかったかのように没入的な鑑賞体験だから、ユニバーサルに伝わるのも納得だ。ドキュメンタリーの手法を使いながら、時空を超越するのはなぜ?地下に魅了される原体験は?現地滞在中の小田監督に話を聞いた。
「人は一人やな」それでも——映画が探る地下と記憶の交差点
『Underground アンダーグラウンド』小田香監督インタビュー

——ベルリン出品、おめでとうございます。こちらではどんな感想をもらいましたか?
非常に温かい言葉が多いのですが、たとえば「美しい」「詩的」「知的」。特に印象的だったのは「哲学的」だと言われたことです。インタビューを受けていて上がってきた名前が、ユング、ベンヤミン、プラトン。著作を読んだことがあるのはユングくらいなのに。ヨーロッパで上映すると、こういった哲学思想が連想されるんだなと興味深かったです。
——今回は日本各地の地下空間で撮影したとのこと。北海道・札幌のパートは札幌文化芸術交流センター「西2丁目地下歩道映像制作プロジェクト」における、2021年のインスタレーション作品「Underground」と素材をともにしています。映るのは地下鉄だったり、下水道だったり……。
札幌の下水道は、汚水管と雨水管に分かれていて、雨水管の方に入らせてもらいました。都市型洪水を防止する目的で、雨水を川に流すための通り道です。
——ファーストショットの、トンネル状の構造物の中に人が立ち、壁面にサイケデリックな映像が投影されているあの場所ですよね。
はい。それから札幌駅の地下に融雪槽という、大雪が降った時に溜めておくスペースがあって。溜まった雪は季節が変わるにつれ、だんだん解けて水になるんです。前半で、何かが爆発しているような映像を投影している場所ですね。あとはモエレ沼公園の噴水の下に潜ったり。すすきが揺れているショットは噴水下で投影したものです。
ちなみに札幌パートで構造物に投影している映像は、私が撮影したものもあるんですけど、札幌にあるミニシアター、シアターキノの支配人をされていて、作家としての大先輩でもある中島洋さんとひろみさんご夫妻の作品も引用しています。ちょうど地下鉄の中ですね。あとこの映画には入っていないんですが、洋さんがご自身のプロジェクトで、かつて札幌で撮られた8ミリフィルムのホームムーヴィーをたくさん集めていて、インスタレーションではそれも少し使わせていただきました。
——その一方で、太平洋戦争・沖縄戦で多くの住民が命を落とした自然洞窟ガマも登場します。もともと2022年に大阪の豊中市立文化芸術センター「とよなかアーツプロジェクト2022 リサーチ企画」の一環で撮影をおこない、本作とは別に中編映画『GAMA』も発表されています。
豊中も最初は札幌と同じように、現地で撮影ないし作品制作をして、素材自体は長編映画にも使わせていただく方向にて進んでいました。ただ豊中市に、撮影したいなと思える地下を見つけられなくて。そのうちリサーチをする中で、豊中市と沖縄市が兄弟都市だと知りました。きっかけとしては、1960〜70年代にアメリカの統治下にあったコザ市(当時の沖縄市)の職員の方たちが、日本の地方自治を学びたいと豊中市へ研修に来たこと。この試みは「豊中学校」と呼ばれています。
加えてコザ市が戦後、豊中市にいる沖縄戦で亡くなった方たちのご遺族へ、遺骨のかわりに激戦地のビーチで拾ったサンゴの死骸や石を「霊石」として返していたというつながりもあるそう。沖縄戦が非常に激しく、ご本人の遺骨を見つけるのが困難だったためです。当初、私たちは豊中で霊石の軌跡をたどろうとしたんですが、なかなか難しかった。それで市の職員の方に「沖縄市に行ってもいいですか?」と相談したら快諾してくださり、沖縄の地下空間としてガマを撮ることになりました。
——無数のサンゴが打ち上げられたビーチは、作中にも登場します。
かつて米軍が上陸したのが、北谷の海岸線。その海岸線にあるビーチの一つです。
——札幌と沖縄以外では、たとえばどこで撮影を?
最初から撮影地を決めていたわけじゃなくて。私が大阪出身なのもあり、まずは関西圏でリサーチを開始し、札幌とのご縁をいただいて。都会的な札幌での撮影を終えてから、「もう少し自然を撮りたいな」と考え、佐賀にある小さな仏さんがたくさん彫られた洞窟に行ったり、島根の古墳を巡ったり。古墳は、吉開(菜央)さんが手の影とともに、木の幹へ文字を空書きする場所です。
——ラストの湖はどこですか?
夕張のシューパロ湖というダム湖です。このダム建設のために、かつて栄えた炭鉱街の大部分が水没しましたが、夏の間は水位が下がり、湖底が現れます。水位が上がれば地下だけど、干上がったら地表になる空間。地下とはどういう概念なのかを問う上で、その感じが面白いなと思って。

Text & Edit_Milli Kawaguchi