古川日出男氏が現代語訳した書籍『平家物語』を原作に、山田尚子監督とサイエンスSARUによって現代的な色づけが与えられ、アニメ化された本作。2022年1月のTV放送以来、繊細で情緒的なストーリーや、日本の伝統美を映した背景などが評判になっている。今回、携わった主要スタッフの4人に想いを聞いた。
作り手が語り尽くす、TVアニメ『平家物語』
脚本 吉田玲子
平家側に寄り添った、新『平家物語』を生み出した吉田玲子さん。「重盛と息子たちを主軸にすると考えてから、その運命が変わる様子を中心にまとめました」。原作と異なりユニークなのは、話の転換時だけ源氏が登場すること。思い切って平家に絞り、その心情を描く構成にした。
「最後に平家が衰退するのをご存知の方も多いですが、それがある種、感情移入する引き金になるのかなと。アニメ独自の主人公びわは、琵琶法師のように語り部の役割を担いますが、特別な力を持ち、未来も見える。視聴者側も彼女と同じ目線に立って、どうやって滅んでいくのかドキドキしながらドラマを見守ります。
また、異能者同士だけの特別な世界も生み出しました。びわが平家へ入る要因を作った重盛と彼女にだけ心が通う要素が欲しかったので、彼には亡者が見える能力を与えました。重盛亡き後は、びわが彼の目を受け継ぐ。そして、平家が壇ノ浦で滅んだ瞬間に眼の光を失う演出もセンセーショナルですよね。知盛の有名なセリフ『見るべきものはすべて見た』を聞いた後に能力が解けるんです。ラストまで記録すべき存在だったという印象づけでもあります」
びわと母親が出会う話も吉田さんのオリジナルストーリーだ。「びわは、たまたま巻き込まれていったけれど、主体的に平家を最後まで見なければと決心する場面が必要だった。そのヒントとなるのがルーツを探ることだったんです。また、キーパーソンである徳子は物語の中での精神的な絶対条件。一族の中で最後まで生き残る彼女に関しては、心情を細やかに反映しました。出家して祈りを捧げると決断した心理描写は最終話の要にもなります。当時生きていた人の感情は、現在の自分たちにも続いている。もちろん徳子の思いもです。それをぜひ感じてもらいたいですね」
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吉田玲子
1993年、脚本家デビュー。以降、TVドラマや映画、アニメを多く手がけ、『猫の恩返し』『けいおん!』『17才の帝国』などの執筆を担当。山田尚子監督とは幾度もタッグを組んでいる。
キャラクター原案 高野文子
山田尚子監督が手紙でラブコールを送り、実現したキャラクター原案。漫画やイラストレーションを手がける高野文子さんにとっても新領域の取り組みであった。原作や脚本を読んでから実際に手を動かしてみると、「女性はさほど苦労しなかったのですが、男性は困りました」と話す。
「どうしようかな……と悩み、実在の俳優さんをインスピレーション源にして、デザインをすることにしました。着物の襟合わせが似合うお顔を探し続けていたら、いつの間にか1960年代のヤクザ映画まで漁っていたんですよ。そのときにいいなと思った男性が元となっている登場人物もいます。たとえば、清盛は『悪名』や『兵隊やくざ』のときの勝新太郎さん。重盛は『昭和残侠伝』のときの池部良さん。後白河法皇は『幕末太陽傳』のときのフランキー堺さんがモデルです。GINZAの読者さんから『もっと今時の俳優さんから選べばよいのに〜』という声も聞こえてきそうですが、わたし、今の方をまるで知らないのですよ。これを機に、1960年代の邦画を観るのはいかがですか?素敵な方がいっぱいおられますよ。
あと、平安期の女性は、ロングヘアをセンター分けしていますよね。今が1970年ならそれも素敵ですが、現代ではどうかなぁと、徳子はアシメトリーな横分けにしました。山田監督が描く人物は、柔らかい動きが魅力です。サイドパートの方がキャラクター自ら、たおやかな仕草をしそうと思って。また、三つ編みのおさげにしたのは、肩まわりの動きを綺麗に見せたかったから。活発で聡明な徳子にぴったりでしょう。そういう事情でできた『平家物語』です。普段、アニメ作品をご覧にならない方でも、大丈夫なようにできています。観終わった後、アニメーションの幅が広がることを、わたしが請け合いますよ」
高野文子さんが完成したアニメーションを実際に観て描き下ろした、徳子、重盛、びわのデッサン。琵琶のバチから連想された、びわのヘアスタイルも注目。
イラスト: 『わたしたちが描いたアニメーション「平家物語」』(河出書房新社)より
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高野文子
漫画家、イラストレーター。作品集に『絶対安全剃刀』『おともだち』『るきさん』など。繊細ながらも大胆という独特な作風でファンを魅了。『平家物語』で初のキャラクター原案を務めた。
美術監督 久保友孝
背景が絵画のようだと話題になった本作。注目は生命力が如実に表現された植物の麗しさだ。「悲しい物語だけれど、風景は美しくありたいと。それが重要でした。平安末期を忠実に描くと、芥川龍之介の『羅生門』のような暗い印象に。そういう事実は道端に誰か倒れているかもという距離感で設定し、栄枯盛衰の〝栄〟を主に落とし込みました。都が荒んでいても草花は普遍的に綺麗ですから」
十数年もの月日を描くからこそ、多くの建物や場所が出てくる。「佐多芳彦先生に歴史考証を相談したり、京都を訪れたりしました。山田尚子監督はロケハンで望遠カメラを常にお持ちで、焦点の合う範囲が狭い、被写界深度を浅めにして撮るのがお好きでした。なので、作中の絵もそのレンズ感を意識しています。また、版画的にとの要望もあり、フラットな画面を作るため、主にデジタルで描き、一部手描きも混ぜています」
キーとなる〝水〟も丁寧に描いた。「吉田博さんの版画を参考に。普通はぼかしていくものを、鮮明な映り込みにしたんです。また、画用紙のざらつきを抽出したレイヤーも所々かぶせていて、転換時の暗くなる場面にも採用しました。その黒は目を閉じた時の揺らぎに似ており〝平家ブラック〟と呼んでましたね。色の工夫は他にも。清盛の泉殿の几帳は朱を入れるなど、平家の空間には旗色の赤を随所に。ちなみに重盛は理知的なので青や緑系。維盛は儚げだから淡い青、ガキ大将のような資盛は橙や緑など。
そして屏風や襖もキャラクターの部屋ごとに異なります。この時代の建物は寝殿造りで非常に簡素。ですので、人によって調度品が違うと、性格も出るしシーンが切り替わった時に場所の説明にもなる。当時そんな絵柄は存在しなかったと誰も言えないことを免罪符に、思い切った冒険をしました」
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久保友孝
小林七郎に師事する。でほぎゃらりーに所属後、フリーランスに。『かぐや姫の物語』『この世界の片隅に』『メアリと魔女の花』『プロメア』など多数の名作の美術や背景、設定に参加。
動画監督 今井翔太郎
「今回の動画監督という仕事は、これまで当たり前と思っていたルーティンワークを変えるという初挑戦でした。今までは『突貫工事を外注したら、動画が壊れたので直してください』と、修理屋の立ち位置で作業をすることが多かったんです。それだと、クォリティも下がるし、直しが増える分コストもかかる。なので、動画検査が関わっていた従来の領域よりも前の工程である、レイアウトやラフ原画の段階から携わる監督職を作りました」
サイエンスSARUからオファーが来た際、今井さんがこのアイデアを持ちかけて採用された新しい試みだが、全11話の中でも一番大変だったのは全体のクォリティコントロールだという。
「1話から最終話まで均整のとれた質を大切にしていました。というのも、今時のアニメは画面の情報密度をとにかく高めたい傾向にあり、作画も背景も撮影もどんどん足した上、派手にしていくのが流行りのように思えます。でも、『平家物語』で本当に見せたいのは、当時の人々の生き様。なので、特別に目を引くカットやエピソードを作るよりも、全体を通してのバランス、心地よさを意識しました。そうすることで、滅びゆく平家も僕らと同じく、ただの人だということ。そして、日々を懸命に生きている姿の印象が、観る側の心の中に残ればいいなと。
また、大人になったびわの姿と、合戦の場面はシリーズ通して特に苦労しました。白髪のびわは、普段よりも複雑な色分けや描き方をしなければいけませんでしたし、合戦は単純に人をたくさん出さなければいけない。大変でしたが、動画監督として長い間すべての話数に関わると、どのシーンを見返しても思い入れがありますね。この作品と僕の取り組みが、業界がもっとよくなる一歩となればうれしいです」
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今井翔太郎
WIT STUDIOに所属し、動画検査などを務める。主な参加作品に『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』『SPY×FAMILY』、2022年5月に公開された映画『バブル』など。