誰かを見守る役を演じさせたら、石田ゆり子さんはピカイチではないだろうか。ドラマ『プラージュ』では、シェアハウスの心優しきオーナーとして、ワケありの住民たちをそっと支えていたし、大ヒットした『逃げるは恥だが役に立つ』では、姪のみくり(新垣結衣)がかわいくてたまらないという百合ちゃん(石田)の愛情深い眼差しにキュンとさせられた。『BG〜身辺警護人〜』では、なかなか心の内を見せない政治家役だったが、生き別れた娘を遠くから見守る横顔はなんとも切なく、胸を打った。
思えば、石田さんはかなり若いころから母親役を演じていたように思う。
出演リストを渡して、一番最初に母を演じた作品を尋ねると、
「いやだ私、こんなにたくさん出ているの!?」
とリストの長さに照れ笑いしながら、 「浜田雅功さんと木村拓哉さんの主演のドラマ『人生は上々だ』だと思います。26歳のとき。それからも、ちょくちょく演じていますね」 と教えてくれた。
母親役を演じることに抵抗のある女優さんもいるだろうが、石田さんは、20代のころから自然にはまった。その後も家庭的なイメージに偏ることなく、同時にラブストーリーのヒロインもできる、実は希有な存在なのではないかと思う。
しかし、石田さん自身は独身。子育ての経験のないなか、母を演じるのはどんな気持ちなのだろうか。
「自分では経験はありませんが、想像することはできますよね?また、私はもともと母性が強いんだと思います。小さいころから妹の面倒をみなさいと親に言われてきましたし、基本が長女気質。小さいものをずっと育ててきたので、『お母さん』という立場は私にとっては自然なんです。といっても、私が育ててきたのは動物ですけれど(笑)」
インスタグラムのなかの、飼い猫目線で綴る「ハニオ日記」では、自身のことを「おかーさん」と呼んでいる。
「動物たちの育ての親と思っています。子どものころ、実家で猫を飼っていたときも、すでにおかーさん気分でした(笑)。自分としては、誰かを世話しているのが丁度いい。自分の世話だけになってしまったらなにも面白くないんです。いまの暮らしだって、動物たちがいなければ、きっと楽にはなるでしょうが、それでは、ちっとも幸せではありません」
石田さんは犬と2匹の猫と暮らしていたが、数カ月前に、超多忙ななか、引き取り手の見つからなかった2匹の子猫を育て始めた。
「昔から、放っておけませんでした。道端に捨てられたボロボロの猫を拾ってきては親に叱られて、というのをこれまで何度繰り返したことか(笑)」
見返りを求めない、無償の愛。愛情を注げば注ぐほど、心が満たされる。そんな幸せな体験を幼少期から幾度となく積んできた。これこそが、石田さんが慈愛に満ちた役や、誰かを見守る、支えるという役を魅力的に演じられる理由なのだろう。
日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞した、映画『北の零年』では、子どものために夫を裏切り、なりふり構わず生き延びようとするたくましい母を熱演していた。また、ドラマ『夜行観覧車』では、子どもの将来に過大な期待をかけてしまう、罪深い母を全身全霊で表現した。
「現実には母親になれないから、むしろ、役でお母さんをやりたいというのはありますね。『はだしのゲン』で息子役だった二人は当時小学生だったんですけど、成人したいまでも私のこと『母ちゃん』って呼んでいます(笑)」
20代は居心地が悪かった。この世界に入る前、石田さんは熱血水泳少女だった。
9歳から競泳を始め、みるみる頭角を現し、ジュニア国体に出場するまでに。そのかわり、練習は過酷。学校とプールをひたすら往復する日々。苦しすぎて、「エラ呼吸になりたい」と思っていたことを著書『Lily—日々のカケラ—』のなかで明かしている。
そんなときに転機が訪れる。15歳のとき、街でスカウトされたのだ。そうして競泳選手の生活に17歳で終止符を打ち、翌年、『海の群星』でドラマデビューを果たす。俳優になって、今年でちょうど30年になる。
「20代までは、お嬢さんのイメージを世間から与えられ、『理想のお嫁さん』と言われて、正直、居心地が悪かったんです(笑)。私のことを何も知らないのに、なぜお嫁さんにしたいなんて言うんだろう?と不思議に思っていました。俳優はイメージ先行型の仕事ではあるし、そんなふうに思っていただけるのはありがたいこと。いま思えば、そう思われても仕方がないくらい自分を出してはおらず、与えられた世間のイメージに甘えていたところもありました」
しかし、他人に敷かれたレールにただ従うことをよしとする性分ではなかった。やがて、30歳を目前に、一つ一つの仕事を自分の責任で選ぶという選択をする。
役は、自分とは別人格だから、演じる役はどんな役でも構わない。
「でも、演れるかどうか、という問題はありますよね。たとえば……プロレスラーとか?」
予想外のたとえに、スタジオ中が大爆笑。石田ゆり子のプロレスラー、ちょっと観てみたい気も……?
「いまなぜ、プロレスラーが浮かんだのか、自分でもよくわかりませんが(笑)、そういった外見的なことでなくても、想像しても、どうしても気持ちの理解のできない役はお引き受けできないなと思っています。凶悪殺人犯とか、男を手玉にとる女性とか」
俳優にはさまざまなタイプがいる。殺人犯を演じる俳優が、人殺しの気持ちを理解しているかというと、もちろんそうとは限らない。ただ、石田さんはとても正直な人で、おそらく、納得しないと前に進めない気質なのだ。
「演じるということは、自分の魂を半分、その役にあげている気持ちでいる」 と語る石田さん。
「私には、仕事を受ける基準というのがあります。それは、もしも自分がお客さんだったら、その作品を観たいと思うか。映画や舞台なら、お金を払って観るか。役柄や役の大きさではないんです。ですから、人に強く勧められて、『そんなに言ってくれるなら、やろうかな』という受け方はしません。それでは作品に責任を持てませんし、情熱を傾けられませんから」
最新作は「謎の女」。最新出演作は映画『コーヒーが冷めないうちに』。本屋大賞にノミネートされた川口俊和の同名小説が原作である。メガフォンを取ったのは、『Nのために』や『リバース』、『アンナチュラル』などで、定評のある演出家、塚原あゆ子。本作が初監督映画となる。石田さんは、『夜行観覧車』で塚原演出に触れ、そのセンスのよさ、人柄、仕事ぶりに惚れ込み、二つ返事でオファーを受けた。
「ハートの熱いあゆ子さんが、私は大好きなんです。誰よりも男前で決断力があり、みなさんに気を配れる、大胆さと繊細さを併せ持ったすばらしい方。ファンタジーの世界に誘う演出・編集は見事です」
舞台は、喫茶店「フニクリフニクラ」。その店には、自分の望む時間に戻ることができるという都市伝説があった。恋人、夫婦、家族……、たとえ近しい間柄でも、本当の互いの気持ちはわからない。真実を求め、人生のやり直しに一縷の望みを託し、喫茶店を訪れる客たち。時間を超えて、さまざまな人間模様が交差する。石田さんはこのなかで、いつも同じ席に座る「謎の女」を演じている。
「本を読み続ける役だったので、自分の好きな本を読む心づもりでいたんです。そうして、セットに入ってみたら、シーンごとに違う本が置かれていて、これは演出の意図があるのだなと、ひたすらそれらを読んでいました。『ねじの回転』、『モモ』、『嵐が丘』、そして、リンドバーグ夫人の『海からの贈りもの』。これは私も大好きな本です。名著ですよね」
「謎の女」は前半、ほとんど話さない。セリフのない演技は、それはそれでラクではなかったそうだ。
「途中から、自分はセットの一部だと思うことにしました(笑)。初めてセリフを話せたとき、セリフがあるって本当にありがたいと、ほっとしたのを覚えています」
監督から課題を与えられて、生まれたという終盤のシーンは見もの。石田さんの熱演は、観る者の心をつかんで離さないだろう。