知的な眼差し、凛とした姿勢。 なんて品のある方なのだろうとテレビの前でずっと憧れていた女性、 元『クローズアップ現代』キャスターの国谷裕子さんに 仕事の話を聞きに行きました。
元『クローズアップ現代』キャスターの国谷裕子さんに仕事の話を聞きました! 働く女の流儀

時事問題に切り込み、世界中の要人と流暢な英語を駆使して対等に渡り合う、知的なキャスター。昨年3月までNHK『クローズアップ現代』で見せていたそんな堂々として強いイメージとは違い、目の前に現れたのは冗談を交えながら気さくに受け答えしてくれる心優しい女性だった。取材の日は上質な素材のゆったりとした白いトップ。『クローズアップ現代』では取り扱うテーマや世の中のムード、スタジオのセット、そしてゲストとのバランスをとりながら衣装を練りに練っていたそうなのだが、それと同様、いろいろ考えてくれていた。「〝仕事〟がテーマと聞いていたのでスーツにしようと思っていたんです。でも『ギンザ』を見てみて少しリラックスした方が合うのかなと考え直し、これにしてみました。撮影の背景もひとつではなさそうだったので、いずれにも対応できそうな白にしました。ファッションは大事。時と場、会う相手のことを考えながら、上から下まで気を使うようにしています」
海外生活が長く日本の教育をほとんど受けていないことから日本語が苦手、日本のことを知らない、ということがコンプレックスだった。「コンプレックスは人間にとって大事だと思っています。私はそれを乗り越えたいから通訳の学校に行ってスキルを身につけようとしました。そこで自分がどんなにできないかを知ることができましたし、同じコンプレックスを抱える仲間にも出会えることができたんです。NY在住時にキャスターを始めた時も、経験がなかったことがコンプレックスでジャーナリズムを勉強しようとしたこともありました」。しかしそれらが完全に拭えていないうちにNHKのニュース番組のキャスターに抜擢され、期待に応えられず挫折を味わった。「あまりにも多くの人たちの前でみっともない姿を晒したので、もう一度認められて顔を上げて道を歩けるようになりたいと思いました。もともとキャスターになりたかったわけではないのですが、その仕事にこだわりができてしまったんです」
その後BSのニュース番組のキャスターとしてがむしゃらに働いた。インタビューの準備のため平均睡眠時間は3時間ほど。「でも若い頃はそんな中でもホームパーティやゴルフ、テニスもやっていました。エネルギーがあったのか、思いっきり仕事をして思いっきり遊んでいましたね。『クローズアップ現代』に起用されてからしばらくすると、それが難しくなりました。地上波は何百万人も見ているのでリアクションが多く、1本1本がセンシティブ。BSとは緊張感が違いました。それに、回を重ねるうちにだんだん慣れていって楽になるかと思いきや、自分の中でのハードルがどんどん上がっていって、準備をいくらやっても足りないと感じるようになったんです。仕事に対して期待するものが高まっていたということでもあるのですが、そうすると心の余裕もなくなって家事もままならなくなる。以前できていたことができなくなるのは自分に対してがっかりする部分もありましたね。お料理も楽しむというより、栄養を取るためだけのものになってしまいました。毎週番組が休みの金土にジムに行くだけで精いっぱい。いつも同じルーティーンをやり、自分の体と対話して体調を知るんです。もちろん1週間たまった老廃物を体の隅々の毛穴から出してリフレッシュもできましたし、走っているとぽっとインタビューのつかみの質問が思い浮かんだりしました」
そうして23年間、『クローズアップ現代』のキャスターとして駆け抜けてきたが、反省点がある。「男性中心の社会の中でがんばることに対して何の疑問も持たない悪いロールモデルだったんです。とにかく認められたい一心で、男性のスケジュールに合わせていました。女性であることを理由にしてできませんとか、文句を言うとか、体力的に無理ですと訴えたりすることもありませんでした。女性は男性に比べて自己肯定感が低いという調査があるそうです。目立っちゃいけないとか、偉そうにしたらきらわれると思い、一歩引いてしまうところがあります。それでチャレンジングな仕事に巡り合えない可能性が大きいんです。また、出産や子育てで大変な時、自分が組織のお荷物になっていると感じる女性も多い。でも自分を責める前にまずは自らの仕事を客観視してみてほしい。そうすると組織の体質に問題が見つかるかもしれません。組織の中で女性はまだ少数です。女性同士でつながりを持って、声を上げてほしいと願っています」
9.11同時多発テロをニューヨークの現場から伝えた。
『クローズアップ現代』キャスター時代。
『クローズアップ現代』での経験を中心に、キャスターという仕事とはどういうものなのかを考察した初の著書。『キャスターという仕事』(岩波新書) ¥840。
くにや・ひろこ≫ 1979年ブラウン大学卒業後、通訳や翻訳を手がけるように。87年衛星放送でキャスターを始める。93年より『クローズアップ現代』を担当。現在は国連が採択した持続可能な開発目標(SDGs)の周知活動などを行う。