「移住」と聞くと、子育てや老後の話というイメージを持っていませんか?アフターコロナでライフスタイルの選択肢が広がった今、ひとえに「移住」といっても行き先や働き方は十人十色。このたびGINZAでは、都会暮らしを経て、自然豊かな土地へ移住を決めたクリエイターを訪ねる新しい連載をスタートします。移住しても仕事は続けていける?都会との距離感は変わった?ぶっちゃけ大変…?取材を通じて、移住ライフのリアルな声を聞いていきたいと思います。
移住で叶えるニューライフ「そちらの景色はどうですか?」 vol.1
古山憲正さん@山梨県北杜市

記念すべき第1回は、2021年から山梨県北杜市に移住し、キャンプサイト「0site」を運営している古山憲正さん。10代の頃に俳優の道へ進み、映画やMVなどに出演。その後、バックパックを担いでヨーロッパなど世界各地を周遊。イスラエル滞在中に、農業や自然と共に生きる人々に豊かさを感じたといいます。コロナを機に帰国し、23歳で北杜市への移住を決意。現在は北杜市の山奥、標高1000mの土地でパートナーの美左紀さん、息子の民くん、そして2頭のヤギと暮らしています。どこか懐かしくて心地よい「0site」の空間で、自家焙煎の珈琲をいただきながらお話を聞きました。

───早速ですが、古山さんが北杜市に移住を決めたきっかけを教えてください。
演技をやっていた10代の頃は、地元の福島と、東京の三軒茶屋に住んでいたこともありました。仕事や友人と過ごす時間は楽しかったんですけど、だんだん、お金を稼ぐために必死になって働く都会の生活やスピードに疑問を持つようになり、俳優業もストップしたんです。2019年からイスラエルに渡り、滞在先でデーツ(ナツメヤシの実)収穫のボランティアをするうちに、農業にハマっていきました。その後、エジプトやデンマークなどを転々として、イギリスを旅していた時にロックダウンになり、やむを得ず日本へ帰国。しばらく地元・福島の集落で農業を手伝う生活を続けていく中で、世田谷の「イエローページ」という八百屋を立ち上げた西川さんに出会いました。西川さんは、北杜市の農家さんで作っている野菜をいろいろな場所に卸したり、農業を若者に広めるプロジェクトなどを手がけている方です。僕が海外で見てきた景色や、農業とコミュニティ作りに興味があるとお伝えしたら、ちょうど自分が住んでいた北杜の平家を出るから、興味があるなら一回住んでみる?と言ってくださり、とんとん拍子で移住が決まりました。

───なるほど、農業がこの地へ導いてくれたんですね。北杜市にはお一人で移住されたんですか?
はい。その時はまだ農業と田舎暮らししか興味がなくて、北杜市のこともよく知らないまま勢いにまかせ1人で移住を決めました。住み始めた家は標高1000mの山間地域にあって、周りを見渡せば山と森、という場所に建っています。近くの農家さんで有機農業を勉強させていただきながら、自分でも少しずつ、畑を作り始めました。移住してから半年ほど経った頃、もともと知人だった美左紀がこの土地へ遊びに来た日に意気投合しまして。気がついたらここで一緒に暮らしていました。彼女はもともと染物の作家なんですけど、この土地は染料となる草木や野菜も豊富だし染物もやりやすいみたいで、すっかり気に入ってしまったようです。動物との生活に憧れていて、2頭のヤギを飼い始めたのもその頃ですね。近くの養鶏場の方から譲っていただきました。名前は、フジとサクラです。人懐っこいのですが、たまに体当たりしてくるとびっくりします。

───キャンプサイト「0site」を本格的にスタートしたのはこの春からとのことですが、立ち上げまでの2年間はどんな準備をされていたのでしょうか。
僕の家から歩いて30秒ほどの場所に「0site」はあります。もともとは1960年代に廃校となった小学校の校舎が公民館として使われていて、80年代から今の地主さんによって木工所や星の観測所、喫茶店など形を変えながら在り続けた建物なんです。僕がお借りするようになったのが2年前。不定期で友人たちに声をかけ、食や音楽のイベントを開いていました。

昨年夏に子どもが産まれ、新しい家族が増えました。いよいよ本気でこの土地に根ざした仕事をする決心が芽生え、地主さんに「キャンプサイトを運営させてほしい」と申し込んだんです。「お前にはまだ早い」と2回くらい断られたのですが、最終的には納得してくださって。この春から本格的にキャンプ施設として運営を始めたところです。古くなっていた壁に漆喰を塗ったり、ペンキを塗ったり。地主さんが大切に残してきた建物でもあるので、ゆっくり少しずつ手を加えていっています。経営はまだまだ軌道に乗っているとは言えなくて、畑仕事も子育ても並行しているので、毎日試行錯誤です。

───「0site」という名前にはどんな意味があるのでしょうか?
「ありのままの自分に戻る場所」という意味を込めて「0(ゼロ)site」と名づけました。火を見ている時間って、自分に戻れる時間だと思うんです。ゲストの方には、自然に囲まれながら2日間過ごしていただき、ゆっくりとご自身の内面と向き合ってもらう。忙しいと後回しになってしまいがちだと思うんですけど、たまにここへ来て自分の声に耳を傾けてもらい、みなさんにとって豊かな時間になればと。野菜の収穫作業や珈琲豆の焙煎も体験できるので、興味があったら挑戦してもらえたらと思っています。
Photo: Mizuki Matsuda
Text: Satoko Muroga