お話にすることで、人に伝わる可能性が広がる。きっかけとなったのは、『二重のまち』という物語を書いたこと。これは、埋め立てられた土地の下にかつてのまちが広がり、それらをつなぐ道が実は存在するというお話だ。
「『二重のまち』を書いたのは、個別の事象がそのまま終わってしまうのがいやだったから。伝えたいことが、陸前高田だけとか東日本大震災だけの話になってしまうと伝わらないことがある。物語化すると抽象化されて、みんなが共有しやすくなると思う」
それは、ヨコトリの赤レンガ倉庫の会場に展示されている第二次世界大戦を扱った作品にも共通している。
「戦争の体験談は、もう定型ができちゃってる。起きたこと、つらかったこと、最後は平和へのメッセージみたいな。それも大事だけれど、どうも話が体に入ってこない。でも、直接お話しながら、もとの話をほぐしていくと、こぼれ落ちたものがどんどん出てくるんです。体験者ってナイーブなものとか聖人みたいに扱われることが多いけど、そのレッテルをはがして普通の人に戻してあげたときに、誰もが共感できるものになるんじゃないかな」

ヨコハマトリエンナーレの会場である横浜美術館の図書室では、『二重のまち』の朗読を聞くことができる。ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景 瀬尾夏美《二重のまち》2017
アクチュアルな、今の物語
生身の体験者から話を聞く作業を続ける瀬尾さん。もっと昔の出来事や直接話を聞けない人の体験に興味はある?
「実はあんまりなくて(笑)。それより同時代に興味があるんです。今を生きる人のなかに、ある種のトラウマや痛みを体験する人がいる。それを見ないようにしたり、強引に忘れることもできてしまうけど、それでいいのかな?って。むしろ、彼らと一緒に生きていく社会を追求したい。今の人同士をつなげる回路を作りたいだけなんです」
アーカイブが記憶やトレンドにすらなっている現代アートにおいて、意外過ぎるお言葉。彼女は、これからアクチュアルな物語をどうつむいでいくのか。それはきっと、同時代を生きる「私たちの物語」になるだろう。
ヨコハマトリエンナーレ2017ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景 瀬尾夏美《大きな石のある風景》2017
ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景 瀬尾夏美《風穴》(2017) 写真家の畠山直哉さんの展示「風景」の一角に、瀬尾さんのドローイングが。
おまけの話:移住のススメ
現在は仙台在住の瀬尾さん。20代の移住ライフをお聞きしました!
「東北に移住して6年ですけど、東京より住みやすいですね。いわゆるアート業界とかもないので、一緒にやる人と共通の言語がないのは当たり前。コミュニケーション能力が鍛えられます。生活面でも、ある程度の都市ならインフラめちゃくちゃそろってるし、ちょっと移動すれば自然が豊か。産直の野菜は全部100円。鹿もいっぱいいます。全国にも「銀座」と名の付く街はありますし、一度どうですか?(笑)」
瀬尾夏美さん
瀬尾夏美(せお・なつみ)
1988年、東京都生まれ。宮城県在住。東京芸術大学美術学部先端芸術表現科卒業、同大学院修士課程油画専攻修了。土地の人びとのことばと風景の記録を考えながら、絵や文章をつくっている。2012年より、映像作家の小森はるかとともに岩手県陸前高田市に拠点を移す。以後、地元写真館に勤務しながら、まちを歩き、地域の中でワークショップや対話の場を運営。2015年、仙台市で土地との協同を通した記録活動を行う一般社団法人NOOK(のおく)を立ち上げる。主な展覧会に「VOCA2015」(上野の森美術館、東京、2015年)、「クリテリオム91」(水戸芸術館、茨城、2015年)など。小森とのユニットで、巡回展「波のした、土のうえ」「遠い日|山の終戦」を各地で開催。2016年より、陸前高田で編んだ物語「二重のまち」をもって広島を歩きはじめた。
ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」
会期:2017年8月4日(金)〜11月5 日(日)
休場日:第2・4木曜日(10/12、10/26)
会場:横浜美術館/横浜赤レンガ倉庫1号館/横浜市開港記念会館 地下ほか
開場時間:10:00-18:00
(ただし10/27〈金〉〜29〈日〉、11/2〈木〉〜4〈土〉は20:30まで/いずれも入場は閉場の30分前まで)
入場料:一般1,800円、大学・専門学校生1,200円、高校生800円、中学生以下無料 ※障がいのある方とその介護者1名は無料
お問い合わせ:ハローダイヤル 03-5777-8600(8:00-22:00)
URL:http://www.yokohamatriennale.jp
*瀬尾夏美さんの作品は、横浜美術館/横浜赤レンガ倉庫1号館に展示してあります。