大ヒット公開中の『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』。『ハリー・ポッター』シリーズのJ.K.ローリングが脚本を手掛ける『ファンタスティック・ビースト』シリーズの第3弾です。今作をはじめ、『ハリポタ』から『ファンタビ』に渡る「魔法ワールド」シリーズすべてでグラフィックデザインを手掛けてきたのは、ミラフォラ・ミナとエドゥアルド・リマによるユニット〈ミナリマ〉。綿密なリサーチとハッピーな感性の両方を大切にする、二人のクリエイティブの秘密とは?
《ハリポタ》《ファンタビ》グラフィックデザイナー・ミナリマが語る創作の秘密。「私たちの仕事は“コミュニケーションアート”」

──今作『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』では、『ハリー・ポッター』シリーズでも「ホグワーツ魔法学校史上、最も偉大な校長」としてお馴染みのキャラクター、アルバス・ダンブルドア(ジュード・ロウ)の過去が明かされます。最初に脚本を読んだとき、どんな感想を持ちましたか?
リマ ファンの自分としては、史上最悪の黒い魔法使い・グリンデルバルド(マッツ・ミケルセン)との関係をはじめ、ダンブルドアについてもっと知ることができて興奮しました。懐かしいホグワーツに戻り、大広間や教室にいる彼の姿が再び見られますしね。そうしたノスタルジーをグラフィックデザインに込めました。
ミナ 私たちの視点は、単に物語を追うのとは少し違います。なぜかというと、デザインによって物語を伝えるために、脚本をどう解釈するのがベストなのかを考えながら読むからです。嬉しかったのは、ダンブルドアにたくさんの時間を注げることでした。たとえば、20年以上に渡る「魔法ワールド」シリーズ(※『ハリー・ポッター』&『ファンタスティック・ビースト』シリーズをまとめて指す)ですが、ダンブルドア家の紋章を作ったのは、実は今作が初めてです。
──お二人は作品のファンでもありつつ、基本的にはグラフィックデザイナーの目線で脚本を読むんですね。
リマ 脚本をもらって最初の1週間は、ファンとして読むかな。僕らもずっと次は何が起きるのかと、早く知りたくて仕方ないので!
ミナ その後は、むしろファンにならないことが重要だと思います。目の前の仕事に集中し、そのときどきで必要なことに、常に対応する必要があるからです。俳優と仕事をしていると、つい彼らに近づいていって話しかけたくなってしまうかもしれません。でもチームはみんな平等だし、一緒に働いているわけですから。ファン心は撮影の初日で抑えなきゃ、ね。
リマ でも『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART 2』(11)を作っていた頃に、なんとヘレナ・ボナム=カーターが衣装のまま僕らのデザインスタジオにやってきて、2時間くらいお喋りする機会があったんです。そのときばかりは「ワオ、ベラトリックスが僕らの部屋にいる……!」と思わずにはいられませんでした(笑)。
──今日はデザインのプロセスについて聞きたいです。まずは改めて、「魔法ワールド」シリーズにおける具体的なお仕事内容から教えてください。
ミナ グラフィックデザインならなんでも担当します。今作では美術監督のスチュアート・クレイグが、プロダクションデザイナーのニール・ラモントと共に美術を担当し、50人程のチームを率いていました。私たちは、スチュアート、ニール、そしてセット装飾部というクリエイティブな三角形の真ん中にいて、各部門の必要に応じ、陶器のちょっとした紋章から、30メートルに渡る街頭ポスターまで、幅広いデザインを行います。
リマ 映画の仕事がうまくいく魔法は、すべての部門と足並みを揃えること。たとえば、衣裳のコリーン(・アトウッド)がどんな服を選ぶのか知っていれば、僕らのデザインと色がぶつかることはありません。混乱を避けつつ、見栄えをよくすることができるんです。
ミナ まずは、スチュアートが建築やインテリアについて具体的な決定を下すのを待ってからデザインを始めます。その方向性によって私たちが何をすべきかが決まるので。どの部門もみんな同じビルの中にスタジオを構えているから、物理的にも一緒に働いているような感じなんです。
リマ スチュアートから「こんなふうにしてほしいんだけど」と指示を受けることはまずありません。なので、僕らからアイデアを出して、スチュアートが気に入ったら、監督のデイビッド・イェーツにも確認を取るようにしています。僕らが作る小道具の中には、『ハリー・ポッター』シリーズの「忍びの地図」のように、ある意味キャラクターとして成立するような重要なものも多いですから。
──今作の時代設定は1930年代で、ベルリンにあるドイツ魔法省が登場します。ドイツ魔法省の記章や、そこに飾られる国際魔法使い連盟のリーダーを決める選挙の候補者たちの垂れ幕は、建築とマッチしていましたね。
ミナ ドイツ魔法省はとてもスタイリッシュな建物で、スチュアートが1930〜40年代のドイツの新古典主義建築などをもとに考えたものです。記章も垂れ幕も、スチュアートが選んだこの建築を大いに参考にしながら二人でデザインしました。両方とも、主人公・ニュート(エディ・レッドメイン)たちが建物の中に足を踏み入れると目に入る位置にありますし、さまざまな用途で使われています。
リマ 垂れ幕は、選挙で何が起こっているのかを示すために重要なものです。候補者それぞれの国の歴史を実際に調べ、ブラジルの大臣用には黄色を、中国の大臣用には赤を使いました。僕はブラジル出身なので、ブラジル関係のデザインは特に楽しい作業でした。
ミナ 美術部門で決めるべきことには建築のみならず、レンガをどう塗るか、雪をどう積もらせるかなど、ありとあらゆるレイヤーがあります。各部門が時間どおりにパーツを完成させなければならず、まるで軍事作戦のよう(笑)。アイデア出しから完成までたった数週間で、200年前からそこにあったかのような風景を作り上げるんだから、我ながら驚くようなプロセスです。
──ダンブルドア家の紋章のデザインについてもぜひ教えてください。
リマ メインのモチーフは不死鳥。『ハリー・ポッター』シリーズでも描かれていたように、ダンブルドア家の者が危険にさらされると、必ず不死鳥が現れるからです。それから、クロスした2本の羽ペン。彼が教育者として、書きものをするのに必要な道具です。
ミナ ダンブルドアという名前が古代英語でマルハナバチを意味するので、ハチも入れました。このように、デザインにはいつも何か隠れた意味を込めるようにしています。最初の『ハリー・ポッターと賢者の石』(01)で、ファンは作品の細部まで気にしているんだと気づいたので。この紋章に星を散りばめたのにさえ意味があるんです。
デザインにあたっては、時間内でできる限りリサーチをするようにしています。私たちは一緒に仕事をし始めてからの20年程で、本などの参考資料を集め、独自のライブラリーを築いてきました。それに、ロンドンには素晴らしい図書館や博物館がたくさんあります。ときには博物館に展示された鉄工芸品やジュエリーが思いがけないヒントをくれることもあります。
──インスピレーションを得るためにさまざまなインプットをするんですね。
ミナ メインのモチーフをフェニックスに決めたとして、そこには何百通りもの表現方法がありますよね。次のステップとしては、ダンブルドア家についてより突き詰めていきます。彼らは由緒正しい家系。それなら歴史的なスタイルがいいのか? 中世様式なのか、ヴィクトリア様式なのか? 新しいデザインに取り組むときはいつもこんなふうに自問自答を重ねます。すると、必ず答えが見つかるんです。私たちの仕事はファインアートではなく、いわば“コミュニケーションアート”です。さまざまな背景を綿密に練ってデザインすることで、観客にたくさんの小さな情報の断片を伝えているわけですから。
──先ほど話していた、これまでの「魔法ワールド」シリーズの仕事に役立った、ロンドンの博物館をぜひ教えてください。
ミナ ヴィクトリア&アルバート博物館と大英博物館は、具体的な資料も多いですし、これまでに多くのインスピレーションをもらっています。でももしこの記事を読んでくれる中にデザイナーの人がいたなら、「自分のライブラリーを作ることが一番のツールになる」と伝えたいです。高価な本を集める必要はありません。デザインについて、あるいはパターンやタイポグラフィについて、ワクワクする本ならなんでもいいんです。
リマ 2018年に初めて日本に行ったとき、僕らは東京の本屋を回り、二人で200冊以上を買って帰りました。日本の伝統的なグラフィックデザインに関する本など、どれも素晴らしかった。ただでさえ本好きの僕らには、「買わない」とはとても言えなかったんです(笑)。「魔法ワールド」シリーズの仕事で、いつその本が必要になるとも分からなかったですし。
──日本で買った中で、今作に役立った本はありますか?
リマ うわぁ、思い出せない……。何せライブラリーは5,000冊以上だから(笑)。
ミナ 日本の家紋の本があったじゃない? 家紋は歴史的な家系にとって重要なものだそうですが、よくそういった何かを参考に魔法のシンボルを考えています。それに、木版画など日本の技法も参考になりましたね。たとえば、今作のブータンでのシーンでは、すべての小道具をデジタルが一切使われていないかのように、現地で作られたかのように見せる必要がありました。素材、インク、紙など、デザインのさまざまな側面に目を向けなくてはならなかったんです。
──最後に。映画『ハリー・ポッター』シリーズは終盤が近づくにつれ、闇の勢力が増し、物語もダークになってきました。それと共に、お二人のデザインを見る機会が減っていったように思います。つまり、劇中でミナリマのデザインを存分に楽しめるうちは、物語世界が平和であることの現れです。このことをふまえて聞きたいのですが、これまでどのような思いを込めて、「魔法ワールド」シリーズのデザインをしてきましたか?
リマ たしかに、僕たちのデザインは観客に微笑みをもたらすものです。そのいい例だと思うのは、『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(09)で初登場する、ウィーズリー家の双子のショップ「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ」。僕らはそれをカラフルにしました。闇の魔法使い・ヴォルデモートの支持者や吸魂鬼により破壊されたダイアゴン横丁に、双子のショップができたことで突然色彩が加わり、コミュニティに幸福と陽気なエネルギーが戻ってくるんです。
ミナ 『ハリー・ポッター』や『ファンタスティック・ビースト』は、観客と頭からではなく、ハートからつながる物語です。だからフォント一つを取っても、理屈ではなく、「自分たちがそのフォントをどう感じるか」という感情に基づいて選んでいます。すると私たちもずっと幸せでいられるし、その幸せな状態が仕事の原動力になるんです。大変なときもありますが、情熱を持って取り組んでいるからこそ、常に喜びを感じています。そもそも「仕事」だという感じがあんまりしないんですよね。
リマ 今作のブラジルと中国の垂れ幕でも、喜びと幸福と色を作品にもたらす必要がありました。その黄色と赤が、グリンデルバルドの垂れ幕の濃い緑と衝突するわけです。それからブラジル魔法省の記章を、オウムやサルといった先住民に縁のあるモチーフと共にデザインしたのも、物語を適切に伝えるためであると同時に、観る人を幸せな気持ちにしたいという思いがあるからです。
ミナ 劇中にはたくさんのユーモアがありますが、物語が暗くなると、そのことが忘れられてしまいがち。だから私たちはいつもユーモアを取り入れようとしているんです。『日刊預言者新聞』には大抵、何か笑顔になれる見出しを入れてあります。楽しませることが大切なんです。
『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』
魔法動物を愛するシャイでおっちょこちょいな魔法使いニュート(エディ・レッドメイン)が、ダンブルドア先生(ジュード・ロウ)や魔法使いの仲間たち、そしてなんとマグル(=人間)と寄せ集めのデコボコチームを結成! 魔法界と人間界の支配を企む黒い魔法使い・グリンデルバルド(マッツ・ミケルセン)に5つの魔法のトランクで立ち向かう。ダンブルドアの作戦とは? そして明かされる、ダンブルドアの誰も知らない秘密とは——?
監督: デイビッド・イェーツ
脚本: J.K.ローリング、スティーブ・クローブス
出演: エディ・レッドメイン、ジュード・ロウ、エズラ・ミラー、ダン・フォグラー、アリソン・スドル、カラム・ターナー、ジェシカ・ウィリアムズ、ヴィクトリア・イェーツ、ウィリアム・ナディラム、キャサリン・ウォーターストン、マッツ・ミケルセン
配給: ワーナー・ブラザース映画
全国にて大ヒット公開中!
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Wizarding World™ Publishing Rights © J.K. Rowling
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《丸善 丸の内本店にて「ミナリマ」の展示を開催中!》
ニュートがスケッチしたニフラー&ピケット、マッツ・ミケルセン演じるグリンデルバルドの指名手配書、列車チケットや必要の部屋ポートキーなど、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』のために描かれた新アート12種類が初公開。東京ではなかなか手に入らない貴重なミナリマ物販コーナーも。より詳しく魔法ワールドの世界観を楽しめること間違いなし!
1階エリア: ~5/10(火)までミナリマコーナーを展開
2階エリア: ~5/10(火)までミナリマの新アートを含む『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』コーナーを展開
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MinaLima(Miraphora Mina & Eduardo Lima)
ミラフォラ・ミナはロンドンのセントラル・セント・マーチンズで舞台デザインを学び、1987年に卒業。エドゥアルド・リマはリオデジャネイロのカトリカ大学でビジュアルコミュニケーションを学び、1997年に卒業。2001年、『ハリー・ポッターと賢者の石』のグラフィックデザインを共同で手掛け、その後の全シリーズを担当。2009年、デザインスタジオ〈ミナリマ〉をロンドンに設立。2015年より、新たな映画シリーズ『ファンタスティック・ビースト』でもグラフィックデザインを担当。他、『スウィーニー・トッド』(07)、『ライラの冒険 黄金の羅針盤』(07)、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(14)なども手掛けた。また、ハーパー・コリンズ刊行の名作童話絵本シリーズでイラスト&デザインを担当するなど、エディトリアルの仕事も行っている。2016年、ロンドンにギャラリー&ストア「ハウス・オブ・ミナリマ」をオープン。2019年には大阪店もオープンした。
Text&Edit: Milli Kawaguchi