主演作ごとにステレオタイプなイメージではないかたちで、その役柄の確かな存在を信じさせてくれる俳優ユ・アイン。巨匠イ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』(18)や新感染シリーズのヨン・サンホ監督によるNetflixオリジナルドラマ『地獄が呼んでいる』(21)などに出演し国際的に注目を集める彼が主演作として選んだのは、新人監督ホン・ウィジョンによる低予算のオリジナル脚本『声もなく』(2022年1月21日より公開)。闇の仕事を請け負う口のきけない青年テインと、女児であるが故に誘拐されても身代金を払ってもらえない少女との交流が軽妙に描かれている。15kg増量し、いっさいセリフのないテインを見事に表現した彼に、言葉への思いや演じてきた役と自身の関係について聞いた。
『声もなく』ユ・アイン インタビュー。「言葉では表現しきれないものを通じて感じることのほうが、人間的で好きです」

──過度にエモーショナルになることも、善悪という判断の枠に押し込むこともなく、絶妙なバランスで観る者を突いてくる作品でしたが、ユ・アインさんはホン・ウィジョン監督のどのようなところに惹かれて参加を決めたのでしょうか。
まず第一に、率直さですね。それから、ホン監督がストーリーを展開しようとするときの態度、良心、倫理意識。さらに作品の持つであろう影響力などについて、幅広く熟考して取り組んでいる姿に一番惹かれました。新人監督でここまでの人はそう多くはないと思います。たとえば、早く出世をしたいとか自分の作品をヒットさせたい、というような表面的なことにとらわれている新人監督もいたりするんですが、彼女はそういう欲が全くなくて。この物語を映画化したい、という作品に対する純粋な愛着、素直さに魅力を感じました。
──じゃあ、きっと撮影もいいムードだったんでしょうね。
普通だったら、監督がいてその下に俳優がいて、という縦割りの関係になりそうなものですが、いっさいそういうこともなくコミュニケーションも円滑でしたし、なんて言うのかな、お互いに欲を出さなかった。監督も、私たちに対して必要以上の要求をしませんでした。なのでものすごくいい雰囲気の現場で、本当に楽しくて、撮られていることが嬉しかったですね。
──役のリファレンス資料として監督からゴリラの映像が送られてきたそうですが、観た時にどのようなリアクションをされたのか聞いてもいいでしょうか。
送ってくださったのではなくて、一緒に食事をしている席で見せられたんです。監督はリファレンスを送ってくれることが多いので、「監督からはないんでしょうか?」と聞いたところ、「あるけど、見せてもいいでしょうか……」と言われて。監督がiPhoneで見せてくれたのが、YouTubeにあるゴリラの映像だったんです(笑)。全く予測していなかったので驚きましたけど、同時に、この人、本当に面白いなぁと感じました。テインという人物を自分が想像している以上に面白い方向に描けるんじゃないか、と思った瞬間でもありました。
──その映像が役づくりのキーになったんですね(笑)。
自分が演じるキャラクターにアプローチをする際は、その人物の動き、呼吸の仕方、歩き方などを思い描くことから始める場合が多いので、監督がどういうニュアンスを要求しているかがむしろハッキリとわかりまして、イメージしやすくなりました。正直に言うと、ちょっとぶっ飛んでるのかな(笑)とは一瞬思いましたけど、ゴリラの映像を見せられたことで、ホン監督が本当に好きになりましたし、さらに撮影が楽しくなりました。役者になってから大体20人以上の人物を演じてきましたが、人間以外の映像をリファレンスとして提供してきたのは、これまでホン監督だけです(笑)。
──言葉を使い尽くしてもわかり合えないこともあれば、言葉を発しなくても伝わることもあると作品を観ながら思いました。かなり大きな質問になりますが、ユ・アインさんは言葉をどのようなものとして捉え、日々扱っているのでしょう。
すごく難しい質問ですね(笑)。まず2時間くらいあれば、ずっと語りたいんですけど、短い時間の中で具体的にお答えできなくて申し訳ないです。言語としての言葉について話すと、自分がテインを演じたからそう思うのかもしれませんが、人というのは自己表現だったり、コミュニケーション、意思疎通のためにも言葉を使いますが、その内容が重大になればなるほど、言葉の数が増えれば増えるほど、人々はそれに注目しがちであると思います。
──確かに、インターネットニュースやSNSなどで特にそういった状況をよく目にします。
ただ、そうすることによってコミュニケーションが円滑に行われるかに関しては、懐疑的です。なぜかというと、言葉では表現しきれないものを通じて十分に感じることはできるし、むしろ言葉を介さないほうが解読しやすいものもたくさんある。自分はそういうほうが人間的であると感じますし、好きですね。
──子役時代から始まりこれまで20人以上の役柄を演じていらっしゃいますが、さまざまな役との出合いによって、オム・ホンシク(本名)という人物の輪郭がハッキリしてきたという感覚はあるのでしょうか?
生きていく上での信念、態度、方向性、目的といったものがハッキリと定まっていない、自己が確立する前の若い頃から、自分とは違う人間を演じてきました。そうした配役を通じて、人間としての理解を深めることができたのではないかと。自分が演じた人間がある意味反射作用となって、ときに人生の鏡となりましたが、必要な部分は吸収し、そうじゃない部分は取り除いてきました。なので、オリジナルのオム・ホンシクというものが自然にできあがったのではなくて、俳優としての長いプロセスを経て、自分というものが形成され、変化を続け、成長することができたのだと思っています。つまり、オム・ホンシクをつくってきたのも今まで演じてきたキャラクターたちだったということ、そして、そうやってできあがってきた自分がまた別の人たちと出会うことでさらにまたそこに肉がつき、また必要ないものを捨て……その作業をずっと繰り返してきて今ここにいるということになります。
──どんな役でも演じられるのは、その柔らかさ、というか変化を受け入れるマインドなのかもしれないですね。
本来は、人生を生きる中で一つの方向性が定まってくるはずなんですが、あまりにもさまざまなキャラクターを演じてきたので、成長する一方で、自分という人間の曖昧さも非常に大きくなってしまったなと感じたりもしますけどね。
『声もなく』
貧しさゆえ、犯罪組織からの下請け仕事をするチャンボクと口のきけない青年テイン。ひょんなことから、身代金目的で誘拐された11歳の少女チョヒを預かることに。テインとチョヒ、韓国社会で生きる声なき者たちの束の間の疑似家族のような生活が始まるが……。
脚本・監督: ホン・ウィジョン
制作:キム・テワン
出演: ユ・アイン 、ユ・ジェミョン、ムン・スンア、イ・ガウン、イム・ガンソン、チョ・ハソク、 スン・ヒョンベ、 ユ・ソンジュ
配給: アットエンタテインメント
2020年/韓国/99分/カラー
1月21日(金)より、シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開。
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ユ・アイン
1986年10月6日韓国・大邱(テグ)生まれ。高校生の時にスカウトされTVドラマに出演の機会を得た後、『俺たちの明日』(06)で映画デビュー。『アンティーク ~西洋骨董洋菓子店~』(2008)ではチュ・ジフン、キム・ジェウクと共にイケメン洋菓子店の店員に抜擢され、JYJのユチョン主演のTVシリーズ「トキメキ☆成均館(ソンギュンガン)スキャンダル」(10)でソン・ジュンギと共に人気が爆発。その後も大ヒットTVシリーズを連発しつつ、一方でアート性の高い映画にも出演し続け、ソン・ガンホと共演したイ・ジュニク監督『王の運命―歴史を変えた八日間―』(15)で青龍賞主演男優賞を受賞。カンヌ国際映画祭のコンペに選出され、LA批評家協会賞で外国語映画賞を受賞し、国際的にも注目されたイ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』(18)では、青龍賞・百想芸術大賞にダブルノミネート。本作でイ・ビョンホン、イ・ジョンジェ、ファン・ジョンミン、チョン・ウソンという錚々たるベテラン俳優陣を押さえ青龍賞 主演男優賞に輝き、さらに百想芸術大賞 最優秀演技賞(映画部門/男性)受賞、アジア全域アカデミー賞と言われるアジア・フィルム・アワードでも主演男優賞を受賞し、若手スター俳優の中でも一際目覚ましい活躍を見せている。
Text & Edit: Tomoko Ogawa