ブームやトレンドは人間特有の現象なのだろうか?動物にも流行り廃りがある?チンパンジーやボノボの生態を追いかけながら、「人間とは何か」を探究し続ける山本真也さんに、そんなシンプルな問いを投げかけてみた。
【生物学、マーケティング、エンタメ視点で分析!特集 #流行と人気の正体 より】
ブームやトレンドは人間特有の現象なのだろうか?動物にも流行り廃りがある?チンパンジーやボノボの生態を追いかけながら、「人間とは何か」を探究し続ける山本真也さんに、そんなシンプルな問いを投げかけてみた。
【生物学、マーケティング、エンタメ視点で分析!特集 #流行と人気の正体 より】
個人から集団へとブームが
広がっていくかどうかが鍵
「流行とは何かと考えるとき、そこには個人と集団のブームがあると思います。チンパンジーの群れの中に、他の子たちとは違って何か特定の遊び道具に執着する一頭がいれば、それはその子にとっての個人的な流行なのだと言えるでしょう。しかし、それがスムーズに集団全体に伝わっていくかというと、動物の場合は結構難しいようです。具体的な例を挙げましょう。チンパンジーの飼育施設にジュースを入れた装置があり、その中に木の枝を浸して染み込ませ、チューチューと吸って飲めるようになっています。しかし、ある個体はちょっと工夫して、枝の先を歯で嚙んでブラシ状にしてから浸して飲みました。すると実に7倍もの量が飲めるようになった。そんな効率のよい方法をしている子がそばにいたら、人間であれば我も我もとみんなすぐに真似するでしょう。しかしチンパンジーはなぜかそれを模倣しないのです。この現象をどう説明するか、まだ謎は完全に解明されてはいませんが、ひとつの仮説として“Copy, if better”なのが人間で、“Copy, if dissatisfied”なのがチンパンジーなのではないかと考えています」
自分自身の状況に満足していようがいまいが関係なく、現状よりよい結果が見込まれれば他者の行動ややり方をお手本にしたいと思うのが人間。それに対して動物は自分のやり方がうまくいかずにフラストレーションがたまっているときに初めて他者のふるまいに注意を向ける。つまり、ジュースにある程度ありつけて、欲求が満たされているのであれば、その方法を変えようとはせず、他人のやり方を見ても真似ようとは思わないのではないか、ということだ。
人間と動物の文化の違い
それは「累積」があるかどうか
「文化という概念の有無が、人間と動物の違いであると長年言われ続けてきましたが、20〜30年前からチンパンジーや他の動物にも文化の存在が認められています。地域によって集団の行動レパートリーが違う際に、それが生態環境の違いだけでは説明ができないものを文化と言います。たとえば同じ人間で木も金属も手に入るのに、アジアでは箸を使い、西欧諸国ではナイフやフォークが発達した。このことは“文化”と呼べます。同様に西アフリカのチンパンジーは石の上にナッツを置き、その上から別の石をぶつけることで硬い殻を割って中身を食べますが、他の地域のチンパンジーはナッツも石も身近にあるのにそのような行動をとりません。ナッツは食べないままです。これも“文化”と言えます。人間は、集団が持っている行動レパートリーをベースにしながらそれぞれが試行錯誤し、より効率的によい結果が得られるようになると、他のメンバーにもそれが伝わっていき、次のステップへとレベルアップしていく。こうした人間の文化の特徴を『累積文化』と呼びます。たとえばあるメーカーが洗濯機に新しい便利な機能をつけると、他のメーカーも同じように改良していく。これが次々と連鎖することで、累積的によい方向へと進んでいくわけです。ところが、動物には『累積文化』がほとんど見られません」
チンパンジーはかなり学習能力が高い動物ではあるけれども、基本的にまわりの行動をあまり気にせず、見ようともしない。しかし人間は、現状にそれほど不満がないのに常にもっと効率よく多くのものを求めたがり、自他を比較し、自分よりも優れた人間の行動を真似たり同じ持ち物が欲しいと願ったりしてしまう。そこがチンパンジーと人間の大きな違いと言えそうだ。チンパンジーは“足るを知る”生活をして、ブームに乗るということがない。対して人間は足るを知らず、欲深く、今以上の快楽や利益を求めるから他者を模倣してしまうのだ。ではなぜ、人間は他人の行動を意識するようになってしまったのだろう?
過酷な環境をサバイブするために
他者のよい部分を模倣した太古の人間
「約600万年前にヒトはチンパンジーと進化の枝分かれをし、熱帯雨林から追い出されてサバンナに進出します。敵に見つかりやすく、危険いっぱいの厳しい環境です。そこで生き抜くために、人間は新しい知識や道具が不可欠になった。よい知恵やモノを持っている別の個体を積極的に真似して自分も技能を獲得し、テクノロジーの革新を繰り返していったのです。一方、チンパンジーやボノボが棲み続けた森は気候の変化も少なく安定している。ある程度飲食に困らなければ生きていけるので、環境変化に適応しようと頑張る必要がないのです」
数百万年という長い進化の過程のほとんどの期間、狩猟採集民としてタフな環境を生き延びてきた心の働きが、現代人の中にいまだに残っているのかもしれない。
「自分より利を得ている人や、尊敬を集めている人を真似しないと生きていけないのではないか。太古からのこうした思考のクセが抜けないから、人はブームやトレンドを追いかけるのかもしれません」
隣の芝生は青く、チンパンジーの持つ林檎は赤く見える。あな、ゆゆし!
京都大学高等研究院准教授、京都大学野生動物研究センター兼任准教授。チンパンジー、ボノボ、イヌ、ウマなどさまざまな動物を対象に、人間の社会的知性、共感、他者理解、協力、文化形成の謎を研究中。