公の場に姿を現さない、謎多き天才デザイナー、マルタン・マルジェラ。彼のクリエイションの一端をうかがい知ることのできる貴重なドキュメンタリー『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』が2021年9月17日(金)より公開される。ファッション好き必見のこの映画。一足お先に鑑賞したスタイリスト、谷崎彩さんが感想をつづりました。
『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』天才デザイナーをめぐる貴重なドキュメンタリーをスタイリスト・谷崎彩がレビュー。
私がマルタン・マルジェラの服に初めて出会ったのは確か1993年のNY。
たまたま入った、個人経営らしくフランクなムードが漂うブティックで、「なんだ、これ?」となんともすごいパワーを放つ服を手に取ったのが始まりです。手縫いでも1点物でもない工場で縫製された既製服からそんな“気”が放たれるってすごいこと。それまでは60年代や70年代の古着ばかり買い集めていて、いわゆるモード服など経験したことのなかった当時の私は、その服を握ったまま離すことができなかった。「マルタン・マルジェラというのよ。彼はタグに自分の名前を書かないの」その店のマダムが教えてくれた。
思い返せば、正にカルチャーショックを受けた瞬間だったのだ(ブティックのアットホーム過ぎる接客からも)。
四隅の白いステッチがマルジェラの目印
それからの私の生活の全てはマルタンの服を買うこと、そして理解することに注力された。マルタン・マルジェラ学校に入学したようなものだ。猛烈に勉強熱心な苦学生。でも不思議なことに自分で服を作りたいという欲求はなく、ただ、独特の雰囲気を持つこの服を理解したいとしか考えなかった。今の自分の仕事への芽生えかもしれない。それから後、直にマルタンと働いた人、影響を受けた人々に出会い、一緒に仕事ができるようになるのだから、私は幸せな卒業生だ。また一方でデザイナーがどんな人だろうということにも興味が湧かなかった。だから世間から、顔を出さないミステリアスなデザイナーと殊更うたわれると不思議な気持ちになってしまう。当時のマルタンファンの友人も同じことを言っていた。それくらい、彼の作る服そのものとそれを着るパーソナルマターにしか興味がなかったのだ。「対自覚」―自分自身に思いっきり向かい合わせられてしまう、ある時期のマルタンはそういう服だった。劇中ではカルラ・ソッツァーニが『女性が客体でなく人間であろうとしていた時代よ』と語っている。
彼のデビューは1988年。ファッションの世界ではエポックメイキングな時代だと私は勝手に思っている。それまで華美でシアトリカルでどこか遠い世界のことだったパリコレが〈マルタン・マルジェラ〉を始め、〈ヘルムート・ラング〉、〈A.P.C.〉、〈ZUCCa〉のデビューによって日常に近づいてきた。素朴で、時には無価値にも見えることにも焦点をあて、“日常の気づき“の面白さを服を通して体現できるようになった。
今の良しとされてる一つの基準“わかりやすく“も“合理的“でもないのだけど…。『初めて本気で環境問題を考え、みんな虚飾を捨てて、みんなもっと内省的になった』(リドヴィッジ・エデルコート トレンド予測家)
2008年にマルタンがファッション界を去った時は、「ああ、ついにその時がきたな」(あまりにもファッション・ビジネスを取り巻く環境が変わってきていたから)とその決断を理解できたし、でも反面、置き去りにされた寂しい気持ちにもなった。2017年のドキュメンタリー『We Margiela マルジェラと私たち』に出演した友人の一人は「最初はみんな、メゾンでの良き思い出を語ろうとしていたのに、だんだんミザリーな気持ちが噴き出してきて、なんかちょっと哀しいドキュメンタリーになってしまった。」と後から語ってくれた。偉大な創始者が去っていった後に残された者が味わう喪失感ってすごい…。
でも、今回のこのドキュメンタリーではその気持ちも救われるような気がする。優しくて、物静かで、思慮深く、頑固なマルタンが訥々と自身のクリエーションの遍歴を語ってくれているのだから(アイコンとなった足袋靴の誕生秘話も!)。そして『一緒に夢を叶えてくれてありがとう!』とマルタンからのメッセージ。私の友人は東京に路面店がオープンする時、「あなたが一生懸命、僕の服を理解して売ってくれたからお店が持てた。本当にありがとう!」と彼から直接お礼を言われたそうだ。あの時代をリアルに経験できたのはこの上なく幸せだったなとこのドキュメンタリーを見ながら目頭が熱くなってしまった。いやいや、そんなもんじゃない、もう涙が止まらない。
『彼が唯一無二なのは、カウンターカルチャーだからだと思う。カウンターカルチャーは汚いもの美しくないものを取り込む。そういうものが舞台で突然輝いたりする。彼はそれをファッションでやった』(オリヴィエ・サイヤール ファッション史研究家)
そして、これは単なる偉大なデザイナーの功績を語るだけではなく、これからのクリエイター(物を作りだす人だけがクリエーターではなく、受け止めて消費する人もクリエイターだと思います)のヒントにもきっとなる貴重な映像なのではないかしらとも。詳しくはぜひ、本編をじっくり鑑賞してね!!
『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』
Martin Margiela: In His Own Words
公の場には一切姿を現さず、取材や撮影に応じることもなかったデザイナー、マルタン・マルジェラ。突然の引退発表から10年以上経つ今も多大な影響力を持つこの天才デザイナーの信頼を勝ち取ったのが本作の監督ライナー・ホルツェマーだ。これまで語られることのなかったキャリアやクリエイティビティについてのマルジェラ自身の肉声のインタビューに、幼い頃のノートや膨大なメモ、ドローイング、初めて作った服などプライベートな記録や、彼と親交のある人物のインタビューを織り交ぜ、貴重なドキュメンタリーを作り上げた。
監督・脚本・撮影: ライナー・ホルツェマー(『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』)
撮影: トゥーン・イレハム
編集: ヘルマー・ユングマン
音楽: dEUS
出演: マルタン・マルジェラ(声のみ)、ジャン=ポール・ゴルチエ、カリーヌ・ロワトフェルド、リドヴィッジ・エデルコート、キャシー・ホリン、オリヴィエ・サイヤールほか
日本語字幕: 額賀深雪
配給・宣伝: アップリンク
ドイツ、ベルギー/2019年/90分/16:9/英語、フランス語
2021年9月17日(金)より渋谷ホワイトシネクイント、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
© 2019 Reiner Holzemer Film – RTBF – Aminata Productions
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