© LAURA SCIACOVELLI © FONDAZIONE TORLONIA
〈ディオール/DIOR〉が2026年クルーズコレクションをローマにて披露。ウィメンズ クリエイティブ ディレクター、マリア・グラツィア・キウリの最後のショーでは、オートクチュールとプレタポルテが入り混じり、神秘的な夕べを作り出した。
〈ディオール〉2026年クルーズ、時を越えるポエジー
マリア・グラツィア・キウリの9年間の集大成

まるで映画の中に迷い込んだよう。〈ディオール〉が2026年クルーズコレクション発表の地に選んだのは、美しい建築とルネサンス庭園を備えたヴィラ・アルパーニ・トルロニア。会場全体がステージとなり、12人のダンサーがライブパフォーマンスを見せる。
モデルたちは、淡いものからクリアなものまで、さまざまなホワイトをまとって登場。メンズのワードローブに着想したベストやテールコート、優美なレースが踊るドレスに、カズラ(祭服)を思わせるルック。ショーでは、古代ローマから続く土地の文化と物語がコンテンポラリーな感性とドラマチックに融合した。こうした“美しい混乱”は、オートクチュールとプレタポルテが併存する珍しい形式にも通じるもの。マリア・グラツィア・キウイの詩的世界において、この二つは結局同じ言語なのだと示唆されているようでもある。
コレクションに通底するのは、映画芸術やコスチュームクエリエイターへの賛辞。また、ショーのインスピレーション源のひとつが、ギャラリスト、ミミ・ペッチ・ブラントが主催した仮装舞踏会だという。服やアクセサリーは、あるキャラクターを自らに引き付けるための装置でもある。ファッションのパワーとは、自己を鼓舞し変容させるものなのだ。
ファッションとコスチュームの中間領域を探るなかで、キウリは映画監督のマッテオ・ガローネとともに短編映画を制作。オートクチュールコレクションが衣装として使われた短編『The Tarot Garden (タロットガーデン)』(2020)に続くコラボレーションだ。今回の作品には、ローマで衣装制作技術を継承するウンベルト・ティレッリ設立のコスチュームハウスから選ばれた映画史の象徴的ピースが用いられる。時代の空気を表現する質感やシルエットは、ファッションの文脈でどのような効果をもたらすのか。幻想的な映像の中で、そんな問いが投げかけられている。
2017年春夏シーズンに、「We Should All Be Feminists」と書かれたTシャツとともにウィメンズ クリエイティブ ディレクターとしてデビューしたキウリ。2026年クルーズコレクションが、〈ディオール〉での最後の仕事となる。9年の間、強いクリエイティビティとメッセージを発信し、多くの人を惹きつけてきた。今回のショーが開かれたローマは、彼女の故郷でもある。イタリアの持つ文化遺産をあますことなく取り入れ、美しい叙事詩を描き切った。
Text_Motoko KUROKI