活字からむくむくと沸き立ってくる食欲。思わずキッチンに駆け込みたくなる衝動。 食を描いた作品には、日々の食卓だけでなく、生き方までがらりと変えてしまう力がある。 そして、自分の味の記憶や歴史をも掘り起こす。食べ物とは、自分自身のことなのだ。#読んで味わう、本と料理
平松洋子「読んで味わう、本と料理」|畑中三応子『ファッションフード、あります。』、モリー・バーンバウム『アノスミア』etc.
【選・文 平松洋子】
ファッションフード、あります。
―はやりの食べ物クロニクル
畑中三応子
あれほど熱中したタピオカもそろそろ期限切れ。明治以来、底なしの好奇心を発動し、ファッションを楽しむかのように食文化を更新するのはニッポンのお家芸。
本書は、1970年から2010年まで世間を熱狂させた無数の食べ物をピックアップ、その背景を文化史として描き出す。《日本ではスローフードもファッションとして消費された》と喝破する著者の、愛と皮肉とエネルギーのこもった視線がすばらしい。ファッショニスタも必読。
ティラミス、和風スパゲティ、クレープ、もつ鍋、ハイボール…。数多くの料理書を手がけ、食文化研究にも携わる編集者が日本人と流行食の関係に迫る。70年代、ホームメイドブームの火つけ役となったチーズケーキは、六本木にあったユダヤ料理店「コーシャ」が発信源のひとつではと分析。(ちくま文庫/¥1,000)
アノスミア
わたしが嗅覚を失ってからとり戻すまでの物語
モリー・バーンバウム
嗅覚と味覚があればこそ食の官能は生まれる。しかし、ある日突然、嗅覚を失ったとしたら?
シェフを目指して猛勉強していた著者は、交通事故の後遺症によって《アノスミア》(嗅覚脱失)となる。過酷な現実のなか、匂いは記憶や人間関係にまでおよぶことを知った著者は、自身の心身の変化や発見を詳細に綴り始める。
アップルパイ、マドレーヌ、ベーグル、レモネード……食べ物を介して語られる回復の物語が、読者を未知の世界へ招き入れる。
厨房でハーブやスープストックなどの《人を酔わせる香りを呼吸していた》日々から一転、匂いのない世界に放り込まれたモリー。嗅覚は味の重要な要素と思い知り絶望の淵にいたある日、ローズマリーを刻んでいる時に変化が訪れる。82年生まれの著者のノンフィクション。(ニキリンコ訳/勁草書房/¥2,400)
パリっ子の食卓
フランスのふつうの家庭料理のレシピノート
佐藤 真
フランスの家庭料理を《知る・作る・味わう》なら、この1冊をぜひ。四季それぞれパリっ子が愛する料理のレシピ満載、家庭の台所や食卓に紛れこむような臨場感にわくわくする。
1975年、フランス政府奨学生として渡仏した著者は、パリの日本語新聞『オヴニー』の創刊に参加、そののち編集長となって編集からコラム執筆まで手がけ、現在はパリで料理教室も主宰する。明快にして簡潔、親身で誠実な文章は、絶好の食文化ガイドでもある。
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平松洋子
食文化と暮らしをテーマに執筆を行う。『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞を受賞。本誌連載「小さな料理 大きな味」では手軽でおいしい料理案内も。
Illustration: Yu Yokoyama (BOOTLEG) Text: Yoko Hiramatsu, GINZA