新しい役を演じる時、
その人がどんな音楽を聴き
何を食べているかを想像するんです
「『フレンチ・カンカン』みたい!」とミュウミュウのドレスをうれしそうに広げて踊り出したかと思ったら、真顔で太極拳。最後はしっとりと白鳥のポーズ。ドラマ『あなたの番です』で謎多きライター・木下あかね役を演じ、クールで神秘的な存在感を放っていた山田真歩さんが、カメラの前で楽しそうに動く姿はなんだか新鮮だった。
「太極拳は、毎朝6時半に近所の公園でおじいちゃんたちがやっている輪に入れてもらって覚えました。体を動かすのが昔から大好き。小さい時はバレエと新体操、今は日本舞踊を習っています。役者を始めたばかりの頃、緊張で固まった体をほぐすために、トイレでこっそり踊ってからオーディションに行ってましたね。音楽を聴いて暴れる、という表現が正しいかもしれませんが。最近は一人でトイレに籠もることもなく、みんなの中でくつろげるようになりました」
小学校教師の両親のもと、三人兄弟の真ん中っ子として育つ。山田家には、少し変わったルールがあった。歯は塩で磨く、お米は白米でなく玄米。子どもの頃に観てもいいテレビ番組は『クイズダービー』と『世界名作劇場』のみ。
「学校で友だちが盛り上がっているドラマの話とか『あの芸能人に似てる』って会話に一切ついていけなかったですね。クイズダービーに出演していた井森美幸さんやはらたいらさんが、私にとっての数少ない芸能人でした」
大学生になった山田さんは、面白い人がたくさんいると聞いて、隣の大学の演劇サークルに入部。芝居を愛する刺激的な仲間たちと出会い、夢中になって稽古に励んだ。卒業後、役者を目指す道も頭をよぎったが、小さな出版社に就職。4年間、編集者として働いた。
「編集者時代は、たくさんの本を担当しました。憲法、介護、絵本、浮世絵……ジャンルもさまざま。著者が作りたいものを裏方として実現していく仕事は学ぶことも多かったし、本が完成する瞬間は素直にうれしかった。でもふとある日、演技をしていた時ほど、感情が揺さぶられていないことに気づいてしまったんです。演技は自分の体、表情、言葉、すべてを使って表現するから、出演した作品の評価はすべて自分に返ってくるし、悔しい、うれしい、という感情も強くこみ上げてくる。やっぱりお芝居がしたい、と。遅いスタートだとは思いましたけど、役者をやるために、会社を辞めました」
決意したのが28歳。かつてのサークル仲間が監督する作品に誘われ、はじめて映画に出演した。それをたまたま観ていた入江悠監督から、当時話題になっていた『SR サイタマノラッパー』続編へのオファーが舞い込む。群馬のこんにゃく工場で家業を手伝う退屈な日々に嫌気がさし、学生時代の仲間とラップグループを再結成すべく奮闘する、主人公アユムの役だ。
「入江監督は、出版社で働きながらお芝居をやりたいと思っていた私の経緯をなぜか知っていて、『これは山田真歩のドキュメンタリーなんだよ』って言ってくれたんです。それまでラップに触れたことはなかったけど、決められたリズムや言葉の中に自分の気持ちを込めて歌うのは、演技と似てるなと思いました」