『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』で三女ベス役を演じたエリザ・スカンレン主演の青春ドラマ『ベイビーティース』。死にゆく少女の初恋という古典的非恋モノかと思いきや、そうではない。カオスな不良少年と出会ったことから、本能のままに刺激的な青春を最後まで生ききろうとする少女と、彼女を愛する欠陥のある大人たち。彼らのビビッドな日々を描く、胸が苦しいのにおかしくてチャーミングな生命力に溢れた映画だ。メガホンを取ったのは、本作で長編デビューとなる、オーストラリア人監督シャノン・マーフィ。繊細さと野性みを併せ持つユニークな感性は、香港で育った幼少時代とも関係しているよう。「Variety」誌が選ぶ2020年の注目監督にも選出された彼女に話を聞いた。
映画『ベイビーティース』監督、シャノン・マーフィにインタビュー。ウィリアム・エグルストンや川内倫子作品をカラーパレットに

──“病を抱えた少女と孤独な不良少年の最初で最後の恋”というイントロだけ読むとセンチメンタルが過ぎるお泣かせ系なのでは……と少し構えてしまったのですが、そんな自分を反省するくらい生き生きした鮮やかな作品でした。
説明が難しいですよね。一見、ひどい映画に思えるので(笑)。
──オーストラリアの脚本家で俳優のリタ・カルネジャイスによる戯曲が原作ですが、どんな部分に惹かれたんでしょうか。
もともとファミリードラマ好きなのですが、すごく心が痛むストーリーであると同時に、コメディ要素がかなりあるところですね。何より、ずっと一緒にいたいと感じさせる登場人物たちに惚れ込んでしまい、この映画をつくるしかない!と思いました。彼らの真実性を信頼していましたし、ジャッジしたことは一度もありません。
──何をしでかすかわからない、先の読めないパワフルなキャラクターたちでした。
まさにそうなんです。私たちはどこに向かっているか知っていると思いがちですけど、現実は誰もがどこに向かっているかわからないものですよね。素晴らしい脚本は予想外の旅に連れ出してくれる。それってある意味、とてもリアリティがあるとも言えますよね。
──一般的に、人を利用することは良くないとされていますけど、この映画では、ミラ、モーゼス、ミラの両親が互いに利用し合っています。愛情関係においても利用したりされたりすることで救われることはあるし、常に悪いことではないのかもと改めて思いました。
そう思います。なぜなら、私たちは一日の終わりに誰かと一緒にいることの方が多いから。誰かに惹かれるように、他人は自身では与えることができない何かを自分に与えてくれますし、愛についてだけではなく、人はそれぞれ異なるニーズがあって、それが満たされると一緒に付き合っていける可能性も高くなる。普通じゃない取引だとわかっていても、登場人物それぞれのプラトニックな愛のようなものを交換しているというのがいいですよね。
──オーストラリアの戯曲の映画化であり、オーストラリアの俳優によってシドニーで撮影している、という部分以外にこの映画のオーストラリアらしさってどこにあると考えていますか?
まずは音ですね。鳥やコオロギの鳴き声や、夏の郊外ならではのリアルな風景も。それに、ユーモアの観点からすると、この作品の繊細で身体的な笑いはオーストラリアらしいと思います。一般化して語るのは難しいけれど、オーストラリア人はシニカルで、自虐的なんですよね(笑)。それをふまえて、緩やかなボディランゲージが多いんです。登場人物のフィジカルな動きに、自然なオーストラリアらしさが現れているんじゃないかと。
──映画のカラーパレットについては、写真家ウィリアム・エグルストンにインスパイアされているそうですね。その理由とは?
カラーパレットや衣装に、時代遅れの色は使いたくなかったんです。エグルストンの写真は時代を超越していて現代的なので、彼の作品にも注目しましたし、川内倫子さんの写真の美しいライティングや、驚くほど神秘的な空気感にも注目しました。ただ、実際に参考にしたのは、『ヴィクトリア』(15)や『こわれゆく女』(74)といった映画作品が多かったですね。日本映画の『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)のトーンも『ベイビーティース』にぴったりだと思っていました。そして、ラース・フォン・トリアー監督の『奇跡の海』はカラーパレットだけでなく、サウンドデザインやパフォーマンスのリファレンスにもなっています。
──子どもの頃は香港で育ったそうですが、その体験が今の美意識に影響していると思います?
大いにありますね。ウォン・カーウァイ監督のカラーパレットにも、かなり影響を受けました。10年間住んでいたので、ノイズや視覚的な刺激が強い香港の世界観が、私の演劇から映像までの全ての作品をカオスにしていると思います(笑)。ただ、育った環境の影響のおかげで混沌の中に美しさを見い出せるわけでもないですし、父はオーストラリア人ですが、オーストラリアで育ったわけでもないので、私は常に自分をアウトサイダーだと感じています。
──忘れられない香港の思い出や情景について聞かせてください。
父の仕事の関係でランガムホテル香港で暮らしていたんです。香港の巨大な高層ビル群の中のホテルの寝室で、3時から4時の間に起きて、絵葉書のような完璧な構図の港を眺めるのが好きでした。古いネオンサインが水面に反射していて、水がまだきれいな唯一の時間で、美しくて静かで平和な瞬間があって、胸が張り裂けそうになったことを覚えています。背景の山々という自然に対して、人工的に作られた建物の彫刻が並んでいて、思い出すだけで涙が……。本当に当時の全てが恋しいですし、香港が心の故郷です。
──舞台の演出家として長いキャリアを積んだあとに、テレビ業界でドラマの監督をし、最近ではドラマ「キリング・イヴ/Killing Eve」のエピソード監督もされていましたが、キャリアシフトをしたきっかけがあったのでしょうか。
17歳から演技をやっていて、18歳から10年間、演劇の演出家を務めたあとに、映画とテレビをつくることも考えたいと思って、映画、テレビ、ラジオ専門の大学院で勉強しなおしたんです。映像と演劇は似ているように見えますが、全くことなる媒体なので、転身することは想像以上に簡単ではなくて。
──なぜ映像だったのでしょうか。
演劇は大好きですが、国内でたくさんの舞台をやって飽きてきていましたし、もっと大きな挑戦をしてみたかった。最初はテレビの世界に入ったんですが、演劇とはスピード感が全く違くて。一つの作品に関わる監督の数も多いし、関わるスタッフが膨大です。映画も演劇に比べたらチームが大きいので、アドレナリンも出るし、その分ストレスも増える。私は興奮を求めてしまう性分なので映画を撮りたいなと思うようになりました。
──「脚本は書かない」と決めているそうですが、いつか書く日も来るのでしょうか?
脚本家への尊敬の念が強いのもあって、書くことには興味がないんです。脚本を書くのは時間がかかるし、フルタイムの仕事じゃないですか。私は作品で自分の話をする必要は全くないと思っていて、どちらかというと通訳が好きなんです。私にとって重要なのは、何かを解釈して正しい文章に昇華できる、正しい人間であることというか。
──ある意味、誰かの物語を通じて、自分の話をしているとも言えますよね。
その通りです。自伝的でなきゃいけない理由も、私が一から生み出す必要もなくて、誰かの物語であっても自分のしるしというか美学を加えることはできますし、そもそも監督はそうすることを抑えられない性質なんじゃないかと。なので、私はいつも自分の心に近いと感じる物語をつくり続けているような気がします。
──演劇学校時代は、演出家を目指していた人のなかでほぼ紅一点の状態だったそうですね。
23歳でオーストラリアの演劇学校を卒業した当時は、女性はほとんどいませんでした。キツかったのは、ライバルだった男性たちとは異なる基準でジャッジされたこと。とても悔しい思いをしました。そうは言っても、そのおかげで私は少し前衛的で実験的であることを許されていたとも思うし、その経験が今の私をより面白いアーティストにしてくれたのかもしれません。
──これまであなたの人生をエンパワメントしてくれた女性たちとは?
『ベイビーティース』のエクゼクティブ・プロデューサーのジャン・チャップマンの手掛けた作品が好きで、影響を受けてます。私の大好きなオーストラリア映画『ラブ・セレナーデ』(96)も彼女がプロデュースしたものです。アンドレア・アーノルド監督もアルマ・ハレル監督も大好きですし、「Variety」誌が選ぶ2020年の注目監督に私と同じく選ばれていた、マティ・ディオップ監督の『アトランティックス』(19*Netflixにて配信中)は本当に素晴らしい作品でした。自分が本当に思っていることを語り、真の女性とは何であるかを表現してきたクレイジーで素敵な女性たちが大好きです。欠陥があっても、うるさくても、面白い芸術を生み出せると勇気づけてくれた、イギリス人アーティスト、トレイシー・エミンのような。
──『ベイビーティース』は、2019年に女性監督のノミネート作品の少なさに非難の声も上がっているヴェネチア国際映画祭で、女性監督ハイファ・アル=マンスールの『完全な候補者』(19)と共にノミネートされましたね。映画業界におけるジェンダー格差は改善されていると感じます?
女性が注目はされていますけど、実際はまだかなり遅れていますよね。今、世間が女性に注目することを余儀なくされていることはプラスだとは思うのですが、同時に、「仕事をもらえたのは女性だからだ」と言える世の中になってしまった。これも一種の差別です。優れた映画監督たちがたまたま女性だっただけなのに。私たちは女性だから仕事をもらえたわけではなく、実力があるから仕事をしているのに、その機会は“今だけ”と考える同世代の男性たちがいるんですよね。彼らから、「女性にはいい時代だよね」と言われたりすると、本当に腹が立ちます。そういうときは、「違うでしょ。最初から私ぐらい努力しなきゃ」って言ってやります。
──最後に、演出をするときのファッションのこだわりがあれば教えてください。
テレビの世界に入った頃は、実はかなり監督であることを意識して、マスキュリンな格好をしていたんです。女性だからとなめられないように。短いスカートを履くと、力が入らなくなってしまう気がしてたんですよね。でも、今は実力を証明できたので、何でも好きなものを着られるようになりました。セットの中でも自分が自然に来たいと思うフェミニンな服を着ています。レッドカーペットでよく着ているのはオーストラリアのデザイナーの〈Aje〉のもの。女性のボディラインに沿った立体的な構造と、リアルクローズでありながらもスタイリッシュなところが好きですね。それから、香港で一緒に育った友人のデザイナーがつくる、イギリスのブランド〈Madeleine Thompson〉の美しいカシミアセーターも愛用しています。
『ベイビーティース』
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Shannon Murphy
香港、シンガポール、アフリカ、オーストラリアなどの国々で育ち、2007年オーストラリア国立演劇学院(NIDA)に入学。シドニー・マガジンに「十年間で最も影響力のある卒業生」として名前が挙げられた。国内外の有名劇団の演出を手掛け名声を手にした後に、オーストラリアン・フィルム・テレビジョン・アンド・ラディ・スクール(AFTRS)に入学し、卒業制作『Kharisma(原題)』(14)は、カンヌ、トロント、ベルリン国際映画祭を含む数多くの映画祭で激賞を浴びる。最近では、オーストラリアの大ヒットTVドラマシリーズ「SISTERS/シスターズ」(NETFLIX/17-)や「キリング・イヴ/Killing Eve」(BBC/18-)などの監督も担当している。 本作で、パームスプリングス、サンパウロ国際映画祭で監督賞を受賞、米バラエティ誌[2020年注目すべき10人の監督](Variety誌)に選出されている。
Photo(C)Rupert Reid
Text & Translation:Tomoko Ogawa