“ムーミン”の物語を生み出した、トーベ・ヤンソンの半生と創作の秘密に迫る映画『TOVE/トーベ』。本作は、結婚して子どもを持つことが当たり前とされていた時代に、自らの意思でその選択はせず、芸術家として葛藤しながらも生きた彼女が最も情熱的だった30~40代にフォーカスする。同性愛が犯罪とみなされていたフィンランド(*1971年に合法化)で、性別にとらわれることなく純粋に惹かれた相手と恋をし、孤独と自由と向き合うトーベを演じた俳優アルマ・ポウスティが、彼女の生き様が今なお愛され続ける理由について語ってくれた。
「ムーミン」誕生の裏に隠された、トーベ・ヤンソンの愛と人生の物語。
──2014年夏、生誕100周年を記念して制作された舞台でも若かりし頃のトーベを演じていましたが、映画『TOVE /トーベ』で再び彼女を演じてみていかがでしたか?
正直なところ、嬉しくてたまらなかったと同時に、かなりの恐怖心もありました。私にはもったいないような名誉な仕事でしたし、おそらくこれまでやってきた中でも最も難しい役だったと思います。多くの人に愛され尊敬されている重要な存在ですし、私自身、彼女のことが大好きなので、正当に評価することは不可能だろうと。ただ、ザイダ・バリルート監督が、「これは失敗するしかないミッション・インポッシブルだから、面白いやり方で失敗しよう」と言ってくれたんです。彼女の考え方のおかげで、偉大なアイコンを演じることへのプレッシャーから解き放たれて、トーベという世界を生きることに没頭できたと思います。
──この映画を通して、世界的に愛される偉大なアイコンとしてではなく、一人の人間としてのトーベ・ヤンソンを見ることができたように思います。
私のなかで憧れのアイコンとして君臨しているトーベを、私たちと同じ位置まで降ろすことが課題でした。それに、彼女はある意味秘密を守り続けたけれど、その後リサーチする人たちがいることをわかっていたみたいに、いくつかのことは共有してくれていて、その残された部分から解釈してきました。この作品によって、当時はそれほどオープンにはできなかったかもしれないトーベの話を分かち合えたことを、喜んでくれると願っています。
──どんな部分に一番の魅力を感じましたか?
トーベの精神ですよね。好奇心旺盛で、存在感があって、なんていうか常に前のめりに生きているところ。感情に流されることなく、率直で、自分に対してとても正直で裏表のない人ですよね。舞台でトーベを演じることになってから、もう約7年も彼女についてリサーチしていることになりますが、常に今まで見たことのないような話がどんどん出てきて驚かされます。手紙だったり、逸話だったりするんですが、それらの資料を読んでいると、彼女は熱心なアーティストであると同時に、弱い部分を持っている人だったことがわかる。自分を疑ったり、自尊心の問題を抱えていたり、女性のアーティストであることから真剣に受け取ってもらえないという葛藤を抱えていたと思います。悲しみも含めた彼女の生きる喜びが、全てに溢れているんですよね。
──プロダクションに入る前に、姪のソフィア・ヤンソンとたくさん対話をされたそうですが、印象に残っている言葉があれば教えてください。
ソフィアは「期待もされるだろうし、いろんな意見も出るだろうけれど、あなたたちの解釈であなたたちの映画をつくり、できる限り強く美しいものにしてください」と言ってくれました。伝記映画の制作はデリケートなので、遺族のサポートが不可欠なんですよね。私たちのバージョンのフィクションをつくる自由を与えてくれたという意味で、彼女の言葉にすごく助けられました。もうひとつ彼女の話で忘れられないのは、「いかにトーベが家族に愛されていたか」ということです。彼らはとても仲が良く、たくさんの時間を一緒に過ごしているんですよね。それがトーベの出発点であり、人生における生命力だったんじゃないかと。そういう環境でトーベが自立することが大きな意味があったのだと思います。
──作品の中では彫刻家の父親との関係に、かなり緊張感があるように描かれています。
映画では父親との関係が実際よりも厳しいものとして見えるかもしれませんが、たくさんの愛情があったからこそ、彼らは激しくぶつかることも多くあったんです。父親も、当時の多くの男性と同じように感情や愛情をうまく表現できないという問題を抱えていたからこそ、トーベにベストな状態であることを要求するようになったのかもしれません。きっとそうすることが彼の愛情表現だったのではないでしょうか。
──奇しくもパンデミックの真っ只中に本作が公開され、フィンランド国内でもロングラン大ヒットしたとのことですが、その意義についてどう考えていますか?
まったく予測できなかったことですが、トーベの物語の中では、大災害がいつもムーミン谷を脅かしますよね。トーベ自身に大きく影響していたのは、第二次世界大戦です。全世代が人生は無常だと理解していました。その状況が、明日のことはわからないから、今ここにあるものを最大限活用しようという、感情に流されない強さにつながったのだと思います。戦争ではないけれど、私たちも今、コロナ禍で不安や恐怖を感じ、危機の時代を生きています。でも、厳しい状況下で常に挑戦しているトーベの生き様を見ていると、家に帰って音楽をかけながらただ踊って、お酒を飲みたくなる。隔たりや不安があっても、生きている喜びを実感したくなる。それがこの映画の素晴らしいところだと思います。
──父親からのプレッシャー、戦火の恐怖、同性愛への無理解といった状況がありながらも、ありのままの生き方を貫く彼女は、ものすごく勇敢だと感じました。
本当に。しかも彼女は107年前に生まれているわけですから。現代を生きる私たちもまだ、ありのままではいられないという問題を抱えています。例えば、一部のZ世代は今、より保守的になっていると言われています。ある意味、50年代の価値観が戻ってきて、女性が再び主婦になることを期待されているような気がしていて。完璧なパートナーでありながら、キャリアも築かないといけない。セクシーでなきゃいけないけど、セクシー過ぎてもいけないし、年を取りすぎてもいけない。そいうプレッシャーが常に女性にはありますよね。
──この映画のトーベは、まさにそんな女性たちをエンパワーしてくれるものでした。
どの世代の女性にとっても、ものすごく重要な存在だと思います。自由と自立の象徴ですし、女性としてアーティストの道を切り開き、素晴らしいユーモアセンス、思いやり、愛情がある。ものすごく誠実なアーティストなんですよね。しかも物語を書ける才能だけじゃなく、絵も極めていて。45歳のとき、彼女は画家として生きるためにムーミンの漫画連載をやめるじゃないですか。なんとかその扉を閉じて、本来目指していた画家に戻ったことが成功につながったのだと思いますし、60年代に彼女が描いた絵画は、心が揺さぶられるような素晴らしい芸術作品ばかりです。得意なことをやめるというのは、なかなか難しいことです。これ以上心の奥底にあるものを待たせないために決断したトーベを、本当に尊敬しています。
──生き方はもちろん、愛し方も情熱的ですね。
彼女がすごいのは、恋愛関係を終えても、一度愛した人と生涯にわたって友情を築いていくところですよね。恨みや憎しみがないというか、もちろんそういう感情に直面はするんですが、引きずられることはない。そして、互いのパートナーもその友情を受け入れている。ものすごく寛大でないとできないことです。私もそうなれたらいいなと思いますし、情熱や愛が別のものに変わってしまったとしても、関係を大切にしたり、維持しようとしてみる価値はあると考えるようになりました。
──トーベはファッション・アイコンでもありましたが、最後にアルマさんのファッションのこだわりがあれば教えてください。
女性らしさと男性らしさを兼ね備えている彼女のファッションは、ヘアスタイルも含めてとてもかっこいいですよね。意識が高く、当時のヨーロッパの流行を取り入れていて、フィンランドでは画期的なスタイルだったと思います。私自身はエコロジカルでエシカルであり、ずっと長く使うことができるものを好んで着ます。なので、服へのこだわりだけじゃなく、全体に向けた想像力を持っているデザイナーが好きですね。
『TOVE /トーベ』
第二次世界大戦化のヘルシンキで、画家トーベ・ヤンソン(アルマ・ポウスティ)は自らを慰めるようにムーミンの物語を描き始める。著名な彫刻家で厳格な父(ロベルト・エンケル)との軋轢、保守的な美術界との葛藤の中で自由を求める彼女は、舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラー(クリスタ・コソネン)と出会い激しい恋に落ちる。
監督: ザイダ・バリルート
脚本:エーヴァ・プトロ
音楽:マッティ・バイ
編集:サム・ヘイッキラ
出演: アルマ・ポウスティ、クリスタ・コソネン、シャンティ・ローニー、ヨアンナ・ハールッティ、ロバート・エンケル
配給: クロックワークス
10月1日(金)より、新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか公開
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アルマ・ポウスティ
1981年フィンランド・ヘルシンキ出身。母語はスウェーデン語だが、フィンランド語や英語、フランス語にも精通。2007年にフィンランドのシアターアカデミーを卒業。フィンランドやスウェーデンの舞台や映画へ出演し、俳優としての経験を積む。12年に主演を務めた『Naked Harbour(原題)』がユッシ賞(フィンランドのアカデミー賞)で作品賞を含む8部門にノミネートされ、大きな注目を集めた。また、14 年にトーベ・ヤンソン生誕100年を記念して制作された舞台『トーベ』で若かりし頃のトーベ・ヤンソン役を演じたほか、アニメーション映画『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』(14)ではフローレン(スノークのおじょうさん)の声を担当。
Photo Kira Schoroder Text:Tomoko Ogawa