余命わずかで引きこもり生活を起こる体重272キロの孤独な男チャーリーが、疎遠だった娘との絆を取り戻そうとする──。A24製作、鬼才ダーレン・アロノフスキー監督の『ザ・ホエール』。チャーリーを演じたブレンダン・フレイザーは、本年度アカデミー賞で主演男優賞を受賞。かつてハリウッドのトップスターに昇りつめながらも、心身のバランスを崩し、表舞台から遠ざかっていた彼が、世界的なカムバックを果たした本作。深い傷を抱えながらも、ユーモアの美しさを忘れないチャーリーを体現したブレンダンにインタビューを敢行した。
『ザ・ホエール』主演ブレンダン・フレイザーが語る、 ジョークの対象でも欠点でもなく、肥満と共存する一人の男性の正直さを描くこと

──ダーレン・アロノフスキー監督は、この物語の主役をキャスティングすることに10年の月日を費やしたそうですが、パンデミック直前にあなたの名前が浮上したんですよね。
2020年の2月にダーレンと初めて会って、彼はチャーリーというキャラクターをどう作ろうかまだ迷っていることを率直に話してくれました。理由は、チャーリーは何百キロも体重があるという設定だったから。そのサイズに限りなく近い俳優を探してみても、適任だという人が見つからなかったそうです。それで、いろんな俳優を見ている中で、自分が出演したブラジルが舞台の映画(『ブレンダン・フレイザー復讐街』の予告編を観て、「ちょっと待てよ…試しに彼でやってみよう」となったらしいです。その後パンデミックが起きたので、プロダクションが一旦クローズせざるを得なかったんですね。これから仕事ができるようになるのかもわからない状態で、20年のコロナ禍の中でプロダクションが再スタートしました。
──この作品で、ダーレン監督から課された最もハードな挑戦はなんだったと思いますか?
みんな特殊メイクだと想像すると思うんですけど、実際のところ、一番ハードだったのはそこではありませんでした。確かに大変ではあったけれど、問題ではなかったんです。チャーリーというキャラクターは、明らかに努力しながら生きていることを表現する必要があったので、その重荷をうまく利用できたと思います。メイクが面倒ではなかったといえば嘘になりますけど、それはそれで意味があったというか。この映画から僕が課されたことは、もっとエモーショナルな領域での挑戦でした。でも、素晴らしいキャストに恵まれ、ダーレンも素晴らしい監督だったので、僕たちらしい方法で最高の仕事ができたと思います。
──40日弱の撮影期間中は、45キロの特殊なスーツを装着し、メイクをするために少なくても4時間準備し、撮影後は3時間かけてそのスーツを取り外す工程があったそうですが。その時間は役に向かう瞑想のようなものだったのでしょうか?
ある意味でそうだったと思います。本作でオスカーのメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞したエイドリアン・モロットは、朝、僕は4時くらいに入るんだけど、彼はいつも3時には入って準備をしていて、終わった後も3時間かけて脱ぐわけだけど、彼はその1時間後に出ていくわけです。僕は彼より働いていないので、気の毒だと思わないでください(笑)。
──100%デジタル技術で制作されたスーツとメイクは、ブレンダンさんがこの映画のために増量されたのかと思ってしまうほどナチュラルで、映画でたまに覚えるような、「あ、これ特殊メイクなんだな」と現実に戻されるような違和感は一切ありませんでした。
特殊メイクを見て、「なるほど、こうやったのか」と一瞬でも思わせてしまったら、物語を観客から引き離すことになりますもんね。観客は心からこの登場人物を信じられないと、映画の旅には出られないので、メイクが完璧であることは重要でした。それに、メイクが仕上がったら、あとはシーンを演じるだけなので、僕にとってはよりやりやすい状況を作ってもらったと思っています。つまり、チャーリーという役を演じる上で役に立ちました。というのは、彼はとても肉体的な役だと感じたからです。演じるのに、これほどまでにものすごいカロリーを消費する必要がある役にとっては必要なものだったと多います。
──動きが制限されますし、心許なくなることも少なくなかったのでは?
さまざまな興味深いことを学んだと思います。あの大きさの身体の中にいるためには、明らかに強い人物である必要がある。それが、僕は詩的だなと思った。肥満と共存している人たちのことを、直接的に理解することができたんじゃないかと感じました。自分を包むものに感情的に寄りかかる必要がありましたし、カメラの外では、修理する人や僕が脱水症状にならないようにしてくれる多くの人たちに支えられていました。下に着ていたクールスーツには氷水が入ってしいましたし、知る必要は全くないことですが、中をのぞいてみると、たくさんの配慮と供給の上でチャーリーが生み出されていたことがわかると思います。
──共同作業が前提とされる映画制作であっても、その経験はなかなかレアでしょうね。
そうですね。いろいろな意味で初体験でした。また、肥満症というキャラクターは、映画でこのようにメイクアップで真実味のあるものとして作られたり、描かれたりしたことはないと思うんです。大体の場合、意地悪なジョークを向けられる対象であることはフェアじゃない。名前を挙げることはしませんが、一般的なコメディ作品において、肥満である人は、他者と比べて完璧ではないもの、重要じゃないものとして作り上げられている。彼らのことをちゃんと捉えられていなければ、観客だって、キャラクターの感情的なリアリティを信じることはできないですよね。
──本当にそうだと思います。チャーリーは、自分自身に正直であることは難しいこと、でも、他者には自分に対して正直さを求めてしまう人間らしさを象徴しているように感じました。
チャーリーというキャラクターは、間違いなく真正性を求める人だと思います。でもそれは、彼の意味するところの、正直さなんですよね。そして、彼の贖罪は、自分がしたことを申し訳なく思っている、自分が間違っていたと娘に本音で、正直に伝えるという瞬間が訪れるときに完了するわけです。そうすることで、彼の精神は自由になる。そして、私たちは、呪いが解けたような瞬間を目の当たりにするわけです。面白いのが、娘であるエリーがエッセイを朗読するシーンは、魔法の呪文を唱えると突然すべてが変わる映画みたいに感じるじゃないですか
──まさにそういう気持ちになりました。娘エリー役のセイディー・シンク、親友の看護師リズ役のホン・チャウ、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートンといった共演者とのダイナミクスが素晴らしかったです。パンデミックの最中、ほぼ5人の役者だけがひとつのアパートに集結し、演じるという体験はかなり熱量が必要そうですよね。
間違いなく。ただ、3週間のリハーサル期間で、このストーリーを伝えるために何をすべきか、みんなが確信を持てたんですよね。映画会社が、準備時間をここまで潤沢に用意して、キャストが仕事を覚えるための時間を与えることは稀だと思います。と言うと少しおかしく聞こえるかもしれませんが、自分たちがやっていることを理解し、そこに自信を持つことはすごく大事なので。セイディー、ホン、タイ、サマンサと共に撮影のセットに来たとき、私たちは準備ができていました。
そして、パンデミックの状況下で仕事をしたわけですが、特別な何かが起きたと僕は思うんです。コロナ禍で、社会としてお互いをどれだけ気にかけているかを考えさせられた私たちは、お互いをより大切にするようになりましたよね。この映画は、ユニークなことに、2019から2022年の間に生み出されたすべての映画とある種、共通するものがあると思います。それは、非常に悲惨な状況から良いものを作るということと関係しているなと。
──確かに。パンデミックの状況で感じた気持ちと共鳴するような部分を、この映画にも、その時期に作られた作品にも見出せる気がします。原案となる戯曲が発表されたのは2012年なわけですが。
ダーレンはニューヨークで見た劇作家サミュエル・D・ハンターの舞台に衝動を受け、登場人物に惚れ込み、自分でも驚くほど彼らのことを大切に思ったのだと話していました。そして、サムのところに行き、「この作品を映画化しよう」と言ったわけです。
──映画にする方法が見つかったタイミングがある意味、奇跡的だったとも言えますね。
人生って、面白いですよね。そう、偶然なんだけど、ある種のハッピーなアクシデントみたいなものですよね。
──ご自身でも、この年齢、この時期にチャーリーという役と出会ったのは、ベストなタイミングだったと感じます?
タイミングは完璧でしたね。もう十分生きてきたし、この役を演じることが自分にとってより大きな意味があると思えるようにはなっていたので。
──俳優として劇場デビューされたのは1991年ですが、当時と比較すると、以前は精神的にマッチョな役が多かったけれど、近頃は弱さを見せる役も増えてるなど、映画における男性の描写は多様になってきたと感じますか?
うーん、どうですかね。本当に映画によるし、どんな物語を作るかによると思います。『ザ・ホエール』はとても感情的な物語ですが、ご存知のように、僕はかつて映画の中で走り回って何とか乗り切って、悪者をやっつける男だったり、ピエロのように木に激突するような役もやってきました。結局のところ、僕は仕事を探しているただの俳優でしかないので。それが僕の正直な気持ちです。
──毎回異なる役をやっている立場からすると、そもそも多様だと感じるものかもしれないですね。最後に、ブレンダンさんが、映画の世界で働き続けたいと思う、最大のモチベーションは何かを聞かせてください。
まさに、この映画が多くの人に感動を与えていること。アメリカ、イギリス、ヨーロッパ、そして日本の観客のみなさんが同じように感じて、カタルシスを得ているとわかったからだと思います。最後に映画館で映画を観て、本当に心から感情が動かされたのはいつかを思い出してみてください。この映画は必ずしも観る人を悲しませるものではなく、ただ想いを感じることができる。理由もなく葛藤を感じるかもしれない。その理由はどうでもよくて、何らかの感情を抱くことが重要なんです。この映画は癒しであり、愛について、そして贖罪について、そして暗い場所で希望と光を見つける物語です。観終わった後に、この映画の中に入ってきたときとは、いろんな意味で違う自分を発見することができるはずだと確信しています。
『ザ・ホエール』
恋人を亡くしたショックから、現実逃避するように過食を繰り返してきたチャーリー(ブレンダン・フレイザー)は、大学のオンライン講座で生計を立てている40代の教師。歩行器なしでは移動もままならない彼は、アランの妹で唯一の親友でもある看護師リズ(ホン・チャウ)に頼っている。そんなある日、自らの余命が幾ばくもないことを悟ったチャーリーは、離婚して以来、音信不通だった17歳の娘エリー(セイディー・シンク)との関係を修復しようと決意する。
監督: ダーレン・アロノフスキー(『ブラック・スワン』『レスラー』)
原案・脚本: サミュエル・D・ハンター
出演: ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートン
提供: 木下グループ
提供:キノフィルムズ2022年/アメリカ/英語/117分/カラー/5.1ch/スタンダード/原題:The Whale /PG12
TOHOシネマズシャンテ他全国公開中
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Brendan Fraser
1968年12月3日生まれ、アメリカ・インディアナ州インディアナポリス出身。ヨーロッパやカナダで育ち、ロンドンに引越したのを機に劇場へ足を運ぶようになる。シアトルにある芸術大学で美術学士号を取得した。1991年に『恋のドッグファイト』で映画デビュー。1999年、代表作となるスティーヴン・ソマーズ監督による大ヒットアクション・ホラーアドベンチャー『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』の主演を演じる。2001年には、続編『ハムナプトラ2/黄金のピラミッド』でソマーズと共演者レイチェル・ワイズと再タッグを組んだ。2008年には、シリーズの第3弾、『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝』が公開。『センター・オブ・ジ・アース』(08)では主演、製作総指揮を務めるが、その後は、心身のバランスを崩ししばらくの間ハリウッドの表舞台から距離を置く。近年は、スティーヴン・ソダーバーグ監督による作品「クライム・ゲーム」(21)HBOMax/DC Entertainmentのシリーズ番組「ドゥーム・パトロール」(19)、「ポイズン・ローズ」(19)などテレビドラマに出演。