キラキラしたロックスターで、孤高の天才。そんなイメージのデヴィッド・ボウイだが、新作ドキュメンタリー映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』にはまた別の一面も映る。デヴィッド・ボウイ財団が保有する膨大なフッテージのすべてを2年かけて観た上で、貴重な映像を選り抜いてこの映画を構成したというブレット・モーゲン監督に、今回発見したボウイの魅力を聞いた。
映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』ブレット・モーゲン監督インタビュー。初めて出合うボウイの素顔とは?

──この映画はどんな経緯を経て生まれたんですか?
最初は2007年にデヴィッド(・ボウイ)と会って、ハイブリッドなドキュメンタリーの企画について話したんだ。40日ほどデヴィッドを撮影することが必要だったけど、その段階で彼はもう半分引退していたから、話は先に進まなかった。マネージャーから「デヴィッドはミーティングに感謝していますが、今はそれをやるときではないと考えています」と電話をもらったよ。
──デヴィッド・ボウイ本人と顔を合わせたことがあったんですね。そのあと、どのように映画の実現につながったんでしょう?
2015年頃に改めてデヴィッド・ボウイ財団に連絡したことがきっかけなんだ。迫力ある劇場体験を与える、普通の伝記物ではない作品を作りたいと思って。デヴィッドの遺言執行人によれば、彼はほとんどの出演映像をアーカイブしてきたけど、普通のドキュメンタリーは作りたくないと話していたそう。きっと僕のアプローチであれば、興味を持ったのではないかと財団は判断してくれた。
実はこの映画を作り始めた当初、僕は心臓発作を起こし、1週間の昏睡状態に陥った。この経験を経て、それまで触れたことのなかったデヴィッドのインタビューを見聞きするうち、老いや死、スピリチュアルについての哲学に魅了されていったんだ。僕の人生にはそれが欠けていたから。この映画は次第に、デヴィッドが人生をどう見つめていたのかを語るものになっていった。
──デヴィッドの「すごい人生を送ってきた。もう1回生きたいくらいだ」という言葉が、生きる喜びに満ちていて印象に残りました。今回、彼を孤高の天才としてではなく、勇敢でポジティブな人生の冒険家として捉えたのはどうしてでしょうか?
それこそが、2年かけて膨大な映像資料を観る中で、僕が受け取ったデヴィッドのイメージだから。デビューして最初の5年間、彼はほぼインタビューに応じなかったんだ。その結果、人々は彼についてひょうひょうとした遠い存在、つまり異質な存在だというイメージを作り上げていった。でもインタビューを観る限り、自分の信念を貫く情熱的な人だったんだ。
デヴィッドはすごく早い時期から、人生は限りがある貴重なものだと理解していたと思う。ほとんどの人は生い先が短くなるまでそのことに気づかない。でも彼は気づいていたから、一日も無駄にしなかった。
──なぜ「人生には限りがある」と早くから理解していたんだと思いますか?
彼の世界観は特殊で、同時代の人たちとは大きく異なっている。だから、その理由を特定するのは難しくて。推測するに、戦後すぐに生まれたことが関係しているのかもしれない。あと、異父兄テリーがイギリス空軍に所属したのち、統合失調症を発症したことも。
それと、父ヘイウッドにはミュージシャンとして活動した時期があったらしい。結局、夢を諦めて児童福祉団体で働くことになったけれど。父が本来生きるべきだった人生を生きていないということも、デヴィッドに影響を与えたのかもしれない。
──テリーはカルチャーに詳しく、弟のデヴィッドにビートニク文学やジャズを教えたと紹介されていました。
伝記では、テリーはデヴィッドが恐れを抱いた相手として書かれることがほとんど。でも僕は、テリーが彼にカルチャーを教えたという説に惹かれたんだ。なぜなら誰の人生にも、自分の視野の外にある世界を教えてくれた“テリー”がいると思うから。
──デヴィッドがTVインタビューで、司会者からそのとき履いていたヒールサンダルについて「それは男性もの? 女性用もの? バイセクシャル用の靴?」といった意地悪な質問をされても、平然と「ただの靴だよ。おばかさん」と小粋な答えを返す一幕がありました。なぜこの映像を観せたいと思いましたか?
当時のメインストリームの人々が、デヴィッドをどのように受け止めていたかを如実に表していると思って。彼はまさに個性や自由の象徴だった。重鎮たちはその姿に脅威を感じていたわけなんだ。
この司会者はラッセル・ハーティといって、皮肉にも彼自身がクローゼットに入ったゲイだったんだ。当時バイセクシャルを公言し、好きな格好をしていたデヴィッドがいかに勇敢であったかを物語っているよね。面白いのが、インタビュアーの多くがデヴィッドに対して「ゴッチャ・ジャーナリズム」(*Gotcha journalism/インタビュー対象者の評判を落としうる発言を引っぱり出そうとする意図が見える取材方法)を展開しようとするんだけど、彼はすり抜けていく。どんなに高いところから落とされても上手に着地する、猫みたいな人なんだ。
──猫のように着地上手!
そう。それにデヴィッドが、いかに自分が自分であることを心地よく感じていたかがよくわかる映像だとも思う。彼は自分が生まれた世界を受け入れていたし、カオスをサーフィンする方法を知っていた。自分の中に軸を持ち、禅的な生き方をしていたんだ。
──「カオスをサーフィンする」とはどういうことなのでしょうか?
デヴィッドは20世紀を「カオスと断片化」の世界だと捉えていた。哲学ならニーチェ、精神分析ならフロイト、芸術なら「キャンプ」(*スーザン・ソンタグが提唱した審美的な見方。「不自然なもの」を愛好する感受性として定義された)、科学ならアインシュタイン。各分野の偉大な頭脳が、既存の価値体系を脱構築し始めたんだ。その結果、僕らの世界は農耕社会から工業化社会へと一瞬で変化した。
僕らは多くの音や振動に取り囲まれていて、不安やパラノイアにさいなまれている。デヴィッドが「カオスをサーフィンする」と言うとき、それは自然の状態、つまり秩序立っていないありのままの状態を受け入れることを指しているんだ。デヴィッドは変化に抗わない。変化とともに流れていくんだ。
──作中で、監督がお気に入りの映像はどれですか?
短いブロンドヘアのデヴィッドが、赤いシャツと黒いパンツを着て行うダンスかな。映像を初めて観たとき、これこそが彼の在り方だと感じた。空間においても時間においても異なる世界同士の間にいるというか。このシーンのサウンドデザインでは、まず背景に投影される絵の動きにフォーカスした。でもデヴィッドが手を動かし始めてからは、彼がまるで地球を動かしているかのごとく感じられるようにしたんだ。宇宙でMVを作っている魔法使いみたいにね。
──監督はザ・ローリング・ストーンズやカート・コバーンなど、エンタメ界における有名人のドキュメンタリーを多く手がけてきました。作品のテーマとして、有名人に惹かれるわけは?
そもそもなんだけど、僕は自分のことを芸術家だと思ったことはなくて。映画監督を志したのは、とにかく映画を観るのが好きだったからで、別にイチから物語を作る必要はなかったんだ。
だから、デヴィッドやカートのような人に出会うと、彼らのオリジナリティや、大勢の前で作品を発表する大胆さに、感謝や畏敬の念を抱くんだと思う。25人の同級生の前で作文を読むだけでも一苦労な僕にとって、独自の活動でカルチャーを切り開いてきた人々には興味を持たずにいられないんだ。
──彼らのオリジナリティに惹かれているんですね。
カート・コバーンを取り巻く好きな言葉の一つに、「ニルヴァーナがメインストリームに行ったのではなく、メインストリームがニルヴァーナに来た」という表現があって。一方で、デヴィッドはメインストリームに行った。それが、今回の映画を作る中での大きな発見で。偶然に起きたことではなく、デヴィッドはメインストリームがどんなものか確かめるために実験したんだ。やっぱり根っからの「人生の冒険家」だったんだよね。
『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』
現代において最も影響力のあるアーティストにして“伝説のロック・スター”デヴィッド・ボウイの人生と才能に焦点を当てる珠玉のドキュメンタリー映画。30年にわたり人知れずボウイが保管していたアーカイブから選りすぐった未公開映像と「スターマン」「チェンジズ」「スペイス・オディティ」「月世界の白昼夢」など40曲にわたるボウイの名曲で構成。デヴィッド・ボウイとは一体何者だったのか―。観客はボウイの音楽、クリエイティブ、精神の旅路を追体験する。全編にわたりデヴィッド・ボウイのモノローグで導かれ、デヴィッド・ボウイ財団唯一の公式認定ドキュメンタリー映画となっている。
監督・脚本・編集・製作: ブレット・モーゲン『くたばれ!ハリウッド』『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』
音楽: トニー・ヴィスコンティ(デヴィッド・ボウイ、T・REX、THE YELLOW MONKEYなど)
音響: ポール・マッセイ『ボヘミアン・ラプソディ』『007 ノータイム・トゥ・ダイ』
出演: デヴィッド・ボウイ
配給: パルコ、ユニバーサル映画
2022年/ドイツ・アメリカ/カラー/スコープサイズ/英語/原題:MOONAGE DAYDREAM/135分
3月24日(金)IMAX®️ / Dolby Atmos 同時公開
©️ 2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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Brett Morgen
1968年、米ロサンゼルス生まれ。ドキュメンタリーの分野で活動する映像作家。99年に『On The Ropes』(原題)でアカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされ、注目を集めた。『ゴッドファーザー』などで知られる映画プロデューサー、ロバート・エヴァンスにスポットを当てた『くたばれ!ハリウッド』(02)も好評を博す。ザ・ローリング・ストーンズを扱った『クロスファイアー・ハリケーン』(12)では、『ムーンエイジ・デイドリーム』と同様に膨大なアーカイブから貴重な映像を選り抜き、彼らの60~70年代の激動の歩みを時代背景とともに浮かび上がらせた。同じく音楽ドキュメンタリー『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』(15)では90年代のカリスマとなったニルヴァーナの故カート・コバーンをクローズアップ。TV作品『ジェーン』(17)でエミー賞監督賞を受賞した。
Photo: Wataru Kitao Text&Edit: Milli Kawaguchi