アウシュビッツ強制収容所の隣で暮らすルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)所長と妻のヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)家族。その平穏な暮らしぶりに愕然。
『関心領域』ジョナサン・グレイザー監督にインタビュー
過去の悲痛な歴史と現在の至近距離を映し出す
スカーレット・ヨハンソン主演のSF映画『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(13)で絶賛されて以来、新作が待たれていたジョナサン・グレイザー監督。A24と製作した『関心領域』は、イギリスの作家マーティン・エイミスの小説を原案に、10年を費やして制作された。高い完成度で、アカデミー賞で国際長編映画賞と音響賞を獲得。5月下旬から日本でも公開される。
本作は、第二次世界大戦時にアウシュビッツ強制収容所の隣で平穏に暮らす収容所の所長ルドルフ・ヘスとその一家を描く。ホロコーストの歴史を語るにあたり、自身もユダヤ人である監督は、殺害場面はあえて映さず音を効果的に用いた。
「サウンドデザインは、僕が20年以上一緒に仕事をしているジョニー・バーンにお願いしました。最初に彼に伝えたのは、この映画であの恐ろしい光景を目撃することはないということ。おぞましい虐殺を再現するのは絶対に避けたかった。それは音響で表現することにしたんです。耳にする音から、壁の向こう側で起きていることが想像できるように。『シンドラーのリスト』(93)などで、すでにみんなが知っている光景があると思ったからね。それを繰り返したくなかったんです。つまり、ここには二本の作品が存在します。一本は目に見えるもの。そしてもう一本は聴こえるもの。でもこれを観たらすごく残虐な光景を目撃したような気持ちになると思う。それはスクリーンではなくて、みんなの心の中に映し出されているものなんです」
この作品では、映像においても従来の手法を覆す決断がなされている。
「ありきたりな方法では撮りたくありませんでした。映画は元来、カメラがフォーカスする人に力を与えるようになっているから、一家を美化する風にだってできてしまう。それはしたくなかったから、金魚鉢に入れて外から見つめるような撮影方法を考えました。『ビッグ・ブラザー』(*リアリティ番組)みたいにね。撮影用の照明も使っていません。カメラは家のどこかに隠したり、固定したり、10台設置しました。マイクもね。スタッフが家の中に立ち入らないことで、俳優たちのリアリティを作ろうとしました。そうやって〝映画を観る〟というより、人間の行動を客観的に観察する作品にしたんです。それがこの映画に相応しい特質になりました」
また、監督のすべての決断は、今作を〝歴史もの〟としてではなく、今に焼きつけるために行われている。
「演出方法については、長い時間をかけて悩みながら決定していきました。撮影する前に(実在する)ヘスの家にも行って、庭を囲う壁が強制収容所の壁でもあったのを目撃した時に、人生で目にしたもっとも荒凉とした光景だと感じました。そこから撮影方法を考え始めたんです。大事だったのは、僕らは一家のある壁のこちら側にいなくてはいけない、ということ。自分たちも加害者に似ている部分があるのか検証してみるためにも。また、このテーマでこれまでに多くの作品が作られてきたけれど、この映画は現在を描いたものにしたかった。〝博物館〟を訪れたみたいにならないように。過去に起きた出来事を描いているから、我々のことじゃない、加害者と自分は似ていない。そう信じることもできるけど、本作ではそれをひっくり返したかったんです。カメラレンズの選び方も、映像のシャープさも、あえて鮮明な感じにした意図としては、今現在とあの時代には大きな違いはないんだと、示すためだったんです」
Text_Akemi Nakamura