楽曲はもちろん、そのスタイルに憧れるミューズたち。Erika de Casierを撮り下ろし。私服や衣装を見せてもらいながら、そのこだわりを聞いた。
エリカ・デ・カシエール たゆたう歌声と ミニマリズム
海外アーティストSNAP vol.1
たゆたう歌声と
ミニマリズム
フジロックフェスティバル 2024初日の昼下がり。屋根付きステージのRED MARQUEEに、夏の暑さを忘れるほどクールな音空間が広がっていた。ドラマーが打ち鳴らす硬質なビートに身を委ねつつ、ハンドマイクを片手に澄んだウィスパーボイスを聴かせるエリカ・デ・カシエール。哀愁と浮遊感を内包した歌声はどこから生まれたのか。出番を終えたばかりの彼女に尋ねてみた。
「トリップ・ホップ(90年代にUKブリストルで勃興、ダークでダウンテンポな音楽ジャンル)──ポーティスヘッドやマッシヴ・アタックの作品はずっと聴いています。R&Bもよく聴きますね。デスティニーズ・チャイルド、アリーヤとか。つまり、スカンジナビア人である私がトリップ・ホップやR&Bを解釈したら、こういうスタイルになったということ」
エリカは類い稀なシンガーであるのと同時に、引く手数多のソングライター兼プロデューサーでもある。北欧デンマーク出身らしいピュアな透明感、Y2K R&B由来のエレガンス、トリップ・ホップ譲りのメランコリーは時代の空気をとらえたもので、デュア・リパのリミックスを手がけ、NewJeansの楽曲制作に参加するなど世界中のトップアクトも虜にしている。そんな彼女にとって、自身の歌とトラックメイクは切っても切れない関係にあるという。
「歌うときはプロダクションのムードを取り入れています。逆もまた然り。ヴォーカルを録ったら音をいじって、また録って……と、ふたつのプロセスを行き来しながら曲作りしていますね。ヴォーカルでは何かを伝えるというより、内面そのものを声にしたい。レコーディングはたいてい自分の部屋でやっていて、静かでパーソナルな時間で作っていることも、こういう歌い方につながっているのかも」
ベルギー人の母親とカーボベルデ人の父親をもつエリカは、ポルトガル生まれのデンマーク育ち。多国籍なルーツと好奇心に促され、広く音楽と触れ合ってきた彼女は、「制作当時の私をそのまま描写した作品。アーティストとして背負わざるをえない時間の制約、サウンドの精度とか、そういったプレッシャーを捨ててしまおう──というのがコンセプトでした」と語る最新アルバム『Still』で、UKガラージからレゲトンまで自由に横断している。
エリカの音楽をクールたらしめているもの、それは"Less is More"を体現する優美なミニマリズムだ。「必要最小限の音でムードを生み出したいんです。ムードさえ生み出せれば、それ以上は何もいらない」とまで言い切る彼女のテイストは、そのままファッションにも反映されている。
フジロックでのステージ衣装は、コペンハーゲン発のブランド〈Kernemilk〉のトップに古着のコルセットを重ねたり、〈ROA〉のテクニカルシューズ、〈MAGMA〉の波をモチーフにしたリングを身につけるなど、クラシックかつ近未来的なシルエットが目を惹く。さらに、ラッパーのTohjiが立ち上げたダル着ブランド〈ヴァニラニ〉のパラシュートパンツ、渋谷の気鋭セレクトショップ「ラドラウンジ」で購入したサングラスと、日本滞在中に入手したアイテムをさっそく着こなすあたりに、オープンマインドなエリカらしさが垣間見える。
「私はシンプルなラインが好みで、そこは北欧のルーツが影響しているのかも。デンマークではクリーンなデザインが好まれていますから。黒はよく着るし、ミニマルなスタイルが多いけど、カラフルなファッションも好きなんです。そこは今という時代のいいところ。どんな格好でもよいし、誰も変な目で見てきたりしませんよね。洋服も、その日の気分を自由に取り入れています」
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Erika de Casier
エリカ・デ・カシエール>> 1990年生まれのシンガーソングライター兼プロデューサー。R&Bデュオ「Saint Cava」を経て、2019年にアルバム・デビュー。翌年にレーベル「4AD」と契約、24年に最新アルバム『Still』をリリース。
Photo_Akari Yagura Text_Toshiya Oguma