前回こちらの記事で紹介した韓国のヒップホップレーベル「H1GHR MUSIC RECORDS」。そのレーベルコンサートで来日した所属ラッパーのHAONに独占インタビューを実施した。18歳の少年らしい素顔、そして才能溢れるラッパーとしての存在感を存分に味わっていただきたい。
韓国の次世代『高等ラッパー2』の優勝者、18歳のHAONに1万字インタビュー

2000年7月7日、韓国に生まれ、“ハ”ヌル(空)の光を“オン”ヌリ(世界中)に広げるという意味の名を授かったキム・ハオン。彼は読書とゲームをこよなく愛する普通の18歳の少年であると同時に、HAONというラッパーとしての顔も持つ。2018年2月から4月にかけて放送された韓国のヒップホップ・サバイバル番組『高等ラッパー2』への出演と優勝をきっかけに、一躍人気ラッパーの称号を得た。
同番組でHAONは「真理を求めて旅立ち、そこで得たものをもとに自分だけの芸術をしたい旅人のキム・ハオンです」と挨拶し、その独特な表現で視聴者の目を引いた。そして第1話で開催されたサイファー(フリースタイルラップの一種)のバトルでは「自己紹介しよう。名前はキム・ハオン。職業は旅人。趣味は太極拳、瞑想、読書、映画鑑賞」とラップし、瞑想が趣味だという点で注目を集めた。続けて「生というものはいかに虚無で美しいのか。なぜ我々は我々のままで幸せになれないのか。我々はどこから来て、どこに向かうのか」という哲学的な歌詞を残し、見事バトルで1位を獲得したのである。
その後も彼は独特な歌詞を多く披露し、視聴者を驚かせ続けた。数々のミッションでは発音や息継ぎなどラップの基礎が完全にマスターされていること、高度なリリックメイキングなどが高く評価され、常に圧倒的な好成績を獲得。最終的に優勝を果たし、文字通り10代のラッパーでトップの座に上り詰めた。実力の高さはもちろん、キュートな笑顔で常にポジティヴなエネルギーを発散するその姿は大衆の間で話題の的に。番組終了後はJay Park率いる「H1GHR MUSIC RECORDS」と契約してプロデビューも遂げ、今や韓国でHAONのことを知らないティーンはいないと言っても過言ではないほどの有名人だ。
そもそもHAONは何をきっかけにラップを始めたのか。そして年齢に似つかわしくない文学的かつ哲学的な歌詞はどこから来ているのか。本インタビューではHAONの人生観、『高等ラッパー2』やH1GHR MUSICへの加入が自身に及ぼした影響、今後の活動についてなど様々な質問をぶつけてみた。HAONはどの質問に対しても意欲的に、そして時折真剣に悩みながら丁寧に言葉を紡ぎ出してくれた。HAONというスペシャルな存在が作られる上でのヒントが感じられる貴重なインタビューを公開しよう。
文学的かつ哲学的センスに溢れる
次世代ラッパーHAONの物語
──まずはHAONさんがラップを始めたきっかけが知りたいです。数ある表現手段の中で、ラップを選んだ理由は何ですか?
確かに自分を表現するための手段というのはたくさんありますね。絵を描いたり、詩や本を書いたり。そうやっていろいろある中で、僕にとってはラップが一番頭の中をまっさらにできるものだったんだと思います。そこまで夢中になれたのはラップが初めてだったし、やっててすごく楽しいと思ったし、没頭できたし。そうやって自然にラップをやるようになりました。
──実際にラップを始めたのは何歳からですか?
正確に言うと、14歳ですね。
──最初はどのラッパーから特に影響を受けたんでしょうか?
Dynamic DuoのGaekoさんです。あとはBeenzinoさん。最初はその2人から影響を受けました。
──HAONさんは発音、息継ぎ、フロウなどラップの基本的なスキルがしっかりと身に付いていることが高く評価されていますが、そのようなスキルはどのように磨いたんですか?
ふふ、なんだか恥ずかしいですね(笑)。実はうまくなりたいと思って練習したことはないです。学校に通いながら自然に耳に入ってきた曲の中で、聴いててかっこいいなって思うラップがあればただ真似をしていました。それをカラオケに行って友だちの前で披露したり。そうやってるうちに、いろんなラップのスタイルが混ざって自分らしいスタイルができていって。だから必死に練習して努力した結果っていうよりは、自然にうまくなった感じですね。
──ということは、HAONさんはラップレッスンを受けてないんですか?韓国では有名なベテランラッパーたちが学校や個人でラップを教えていて、アイドルラッパーや多くの若手ラッパーたちがそういうレッスンを受けていますよね。
実は中学生の時にドラムを習ってたんですけど、兄のように慕っていた先生に、ある時「最近ラップにハマってるんだ。周りの友だちはみんなレッスンを受けてるんだけど、僕もレッスン受けようかな?」って相談したんです。そしたら先生が、「誰かの弟子になったら、お前は一生その人の下にいることになる」って言ったんです。それを聞いたら、なんだか初めから自分の限界が決まっちゃうような気がして。だからあえてレッスンは受けないことにしました。自分の限界は自分で決めたかったから。
──ラップスキルの高さもそうですが、HAONさんといえば深みのある哲学的な歌詞も評判です。歌詞の中には本や映画からの引用もありますが、本と映画ではどちらからより強いインスピレーションを得ますか?
どちらからもインスピレーションを受けるけど、本のほうが強いかな。映画から得るのはもっと抽象的なインスピレーションです。もちろんおもしろい映画はたくさんあるけど、直感的な部分では本のほうがより強く影響を受けますね。本に書いてあることを自分で組み合わせ直したりすると楽しいし、いい歌詞が浮かんだりもします。
──では、最近読んで感銘を受けた本、もしくはお勧めの本を教えてください。
まだ読んでる途中なんですが、『바닥이 나를 받아주네(床が私を受け止めてくれる)』という詩集です。一発でガーンと感動するようなものではなく、心にじわじわと染み込んでくる感じです。読む人の心を揺さぶる静かな感動がありますね。あとはアドラー心理学を解説した『미움받을 용기(嫌われる勇気)』という本です。自分の中にある枠を壊すような感じでおもしろいです。
──HAONさんはご自身を「旅人」「瞑想家」などと表現していますよね。そのような考え方はどこからやって来たのでしょうか?
まず自分を「旅人」と表現したのは、人生は旅のようなものだと思うからです。行ったり戻ったりするのが人生だから。時にはつらくて、時には楽しくて幸せで、そうでありながら悲しくもあって。そのすべてが旅のように感じられたので「この人生を生きるのは俺の旅なんだ」って表現しました。
例えば初めて日本に来た時、僕はまだ当時小さな子供で、両親にずっと「足が痛い、もう休みたい」って文句ばかり言ってたんですよ。だけど2回目に日本に来た時、「なんで俺は前回あんなだったんだろう」って思ったんです。もうちょっと大きくなってから見てみると、見逃してたことがいろいろあって。来るたびに新しい発見があって不思議。旅行のそういう部分が人生に例えられるって思いました。
──瞑想を始めたきっかけは?
特に悲しいきっかけがあったとかではなく、中学生の時にYouTubeであるお坊さんのインタビューを観たのがきっかけです。そのお坊さんが瞑想について語ってた話がすごく印象的で。
「人の頭の中には、操縦桿を握っている人と暴れる猿がいる。操縦士は正しい道を歩むため、目標を達成するため必死に操縦してるのに、猿が暴れ回って操縦士の邪魔する。瞑想とはこの猿にやることを与えておとなしくさせることだ」という話でした。その比喩がすごくおもしろいと思って、僕も瞑想を始めてみたんです。
──意外なきっかけですね。どんな時に瞑想をするんですか?
学校に通っていた頃は、単に退屈な時にひまつぶしにやっていました。でも学校を辞めてからは、自分が何をすべきかを考えるようになって。何をしたら幸せになれるかを探しながら、散歩をたくさんしてみたり。そしたら自分は平和が好きなんだってことに気づいたんです。僕は平和だと幸せになれる人間なんだって気づいて、それ以降は瞑想を熱心にするようになりましたね。瞑想をすると雑念から解放されるので。歌詞にもそういう思いを書くようになりました。
──瞑想をしていて、実際にその猿とは出会いましたか?
はい、今でもよく出会ってます!でも僕の中の猿は悪い子じゃないです。僕のユーモアのある部分はだいたいその猿のおかげ。だから感謝してます(笑)。
──先ほどのドラムの先生にしろ、そのお坊さんにしろ、HAONさんは人の意見を素直に受け入れて自分の中に取り入れようとする印象を受けました。
ああ~。確かに自分でも「俺って人に影響されやすいのかな?」って思うことあります(笑)。子供の頃から人の意見をよく聞くほうで、その人がなんでそう言うのか、まずは相手の立場に立って考えてみます。あんまり同意できないようなことでもひとまず聞いてみて、僕にとって本当に必要なこととか重要なことなら記憶に残っていくだろうし、そうでないなら消えていくと思ってます。
──人からの影響という点からすると、やはりご両親の教育方針がそのような考え方や行動に影響しているのかなとも思うのですが、どうでしょう?
わぁ、これは初めて聞く質問ですね!僕の父は他人の目を気にするタイプなんです。「お前は他人からどう見られてると思うか」ということをよく口にするし、「正しい道に進むべきだ」と強調します。でも母はちょっと違うタイプです。例えば僕が子供の頃、塾に行くのが本当にイヤで、ものすごく勇気を振り絞って母にそれを伝えたんです。そしたら「行きたくないなら行かなきゃいいじゃん」ってあっさり言われて(笑)。父と母がそれぞれ違う考えを見せてくれたのが良かったのかなって思います。偶然なのかわざとなのか分かりませんが、2人の教育方針が正反対だったから、僕は自分で選択できるという側面がありました。
「誤った道に進んではならない」という父の教えのおかげで、僕は高校を中退しても道を外さずに済んだし、「決められたレール以外でも自分なりの楽しさを見つけられる」と教えてくれた母のおかげで、僕は自分が望む道に進めたと思ってます。
人生最大の転機
『高等ラッパー2』がHAONに与えたもの
ところで冒頭で述べた『高等ラッパー2』は、その名の通り高校生のラッパーを集めたバトル番組だ。しかしここまでのインタビューで何度か言及がある通り、HAONは高校を中退している。息子に「正しい道に進むべき」と教える父親が、高校を中退することを認めるのはそう簡単ではなかっただろう。しかもHAONは今でこそH1GHR MUSICに所属してプロの世界で活躍しているが、退学したのはレーベル加入前どころか『高等ラッパー2』への出演よりも前のことだった。同番組への参加は、HAONにとってまさに人生をかけたチャレンジだったのである。
HAONは高校を退学したいという相談を両親にする際、その思いを1枚の紙にしたためた。「退学理由および計画」と題されたその紙には、ラッパーを目指すHAONにとって高校に通う時間がいかに無駄であるか、そんな無駄な生活を送ることがいかにストレスか、そして高校を辞めたらいつまでに何を達成するつもりか、目標や具体的な計画がぎっしりと書き込まれている。例えば「音楽をたくさん作ってネットで公開し、知名度を上げる」「ビデオ英会話レッスンを週に1~2回受け、英単語を1日5つずつ覚える」「成人するまでにオーディション番組で好成績を収める」などだ。そして最後には「2年以内に成功して親孝行すると約束する。僕が正しかったと証明してみせる」と締めくくられている。
出所:Mnet『高等ラッパー2』より
それから1年もしないうちに、HAONは「オーディション番組で好成績を収める」という目標を達成させた。番組のはじまりから終わりまで常に圧倒的な好成績を収め、優勝まで果たしたのである。ミッションの一環として制作された楽曲はどれも好評を受け、特にVINXENと共演した『Bar Code』という曲は「ピッ、そして次」と繰り返されるフックが大流行し、各種音源配信サービスのチャートで1位を獲得したほどだ。
HAON, VINXEN – Bar Code(Mnet『高等ラッパー2』より)
HAONの優勝を決定づけたトラック『Boong-Boong』も、詩的な感性が散りばめられた歌詞が好評を受けてヒットチャートを席巻。どの曲も韓国の10代なら誰でも知っているレベルまで大ヒットした。番組内で仲良くなった先述のVINXENに誘われて「KIFF CLAN」クルーにも加入し、親しい音楽仲間もできた。まさにHAONのラッパーとしての人生が大きく動き出すきっかけとなったのが、この『高等ラッパー2』だったのである。高校を辞めた時の詳しい話や、同番組が自身に与えた影響などについてHAONに聞いてみた。
──高校を中退する時にご両親に宣言された計画書がありますよね。これを書いた時の気持ちを改めて聞かせてください。不安な気持ちが少しはあったのか、それとも揺るぎない決意だったのか。
今これを読み返すと、「ああ、俺ってこの時すごく怒ってたんだな」って思いますね。当時はとにかく「大切な時間がもったいない」って思ってました。「なんで俺がこんなこと書かなきゃいけないんだ!」って、そんなことを説得しなきゃいけないその状況に腹を立ててました。
学校に1年間通ってみて、時間的にも金銭的にも無駄だってはっきり分かったんです。学校を辞めて、やりたいことに打ち込んでみて、それで例えうまくいかなかったとしても後悔はしないだろうと思いました。あの紙、このくらいのサイズ(20cm四方)しかないんですよ。そんな小さな紙に怒りを込めて、「ウ~!」って唸りながら文字をぎゅうぎゅうに詰め込んで書きました。「ウ~~~ッ!」って(笑)。
──計画書に書いてあった英語の勉強は、今でも続けてるんですか?
(笑いながら)Of course!!!
父から「勉強が嫌でも、数学と英語だけは絶対に続けろ」って言われてるので、それだけは守ろうって思ってます。でも僕は自分に必要だと思うなら自分から勉強するタイプです。だから英語とピアノはがんばりたいし、英語をマスターしたら次は日本語ですね!
──おお~!でも英語もすでにだいぶマスターされていますよね。今日も通訳なしで英語でコミュニケーション取ってたし。
才能があるんですよ(笑)
──計画書にあるうち、「音楽的に何かを成し遂げる」という目標も達成したと思います。具体的に言うと、『高等ラッパー2』の中で制作したトラックはそれぞれチャートで1位を獲得するほどの大成功を収めました。曲がヒットした実感はありますか?
ライブの時に実感しますね。やっぱりメディアの力って大きいなって思います。韓国ではメディアの影響力が本当に大きいんです。『高等ラッパー2』が終わって、しばらくして僕のアルバムが出たじゃないですか。そのあと初めてライブをした時、番組でやった曲とアルバムの曲では観客の反応にものすごく差があって。『Bar Code』とかやると本当に盛り上がるので、「こんなに人気なんだ。さすがメディア、さすがMnet!」って感心しましたね。これを超えたいって思いもあるけど、テレビの影響力にかなう自信もなかったり。でも超えてみせたいです。
──最終的に番組ではHAONさんが見事優勝を勝ち取ったわけですが、優勝賞金について、ご両親に200万ウォン(約20万円)ずつ渡すつもりだと韓国のラジオ番組で話していましたね。それは実施したのでしょうか?
もっとあげましたよ。もーっとたくさんあげました!そうそう、母の誕生日にゴルフバッグをプレゼントしたんです。そしたら父が急に「バイクに乗りたいな」って言い出して(笑)。だから父にはバイクをプレゼントするつもりです。
──自分の欲しいものは買ったんですか?
欲しいもの……。うーん、欲しいもの……。自分でもすごく不思議なんですけど、欲しいものが何もないんですよ。なんでだろう。未成年だからかな?(笑)
服にも興味ないし。服はいつもスタイリストをやってる同い年の友だちに選んでもらってます。ウンっていう名前で、僕と同じくKIFF CLANクルーのメンバーなんですけど。その子が「ほら、これ買いなよ」って言ったものを「うん、分かった」って言って買うだけ。でもそれって欲しいものじゃなくて、友だちが勧めてるものだしなぁ。
──もともと物欲がないんでしょうか。趣味とかは?
あ、ひとつ思い出しました。僕、ゲームが好きなんですよ。任天堂のゲーム!小学生の時、母が僕と兄に「テストで平均95点以上取ったら任天堂のゲーム機を買ってあげる」って言ったんです。それで2人ともがんばって95点以上取ったんだけど、てっきり僕と兄にひとつずつ買ってくれると思うじゃないですか。なのに、2人でひとつだったんですよ!あの時の恨みがあります(笑)。そのあとも新しいゲームがいろいろ出たじゃないですか。3DSに、Wiiに、Switchに。欲しいなってずっと思ってたんですけど、今回それ全部買いました!Switchの『Let’s Go! ピカチュウ』は今日も持ってきてて、今ホテルの部屋に置いてありますよ!
──例の計画書の話に戻りますが、書いてあった目標のほとんどがすでに達成できちゃいましたよね。それについてご両親はなんておっしゃっていますか?
両親は「ここまでうちの家族が豊かになったことはない」って言ってます(笑)。今までは何をするにしても常にお金のことが心配になるような環境だったけど、今はそうでなくなって幸せです。なんでこんなに必死にやらなきゃいけないんだろうって思うこともあるけど、家族を幸せにできるのは気分もいいし、がんばれる理由にもなってます。
──すでに新しい目標は掲げていますか?
あの時書いた目標はおおまかなものだったけど、ほとんどが達成できてしまった今、正直「次はどうしよう?」って悩んでます。次は何を目標にすべきか、それが最近の悩みですね。
まだ見ぬ未来へ。HAONの旅は続く
次は何を目標にすべきか悩んでいるというHAON。実際に『高等ラッパー2』で優勝を遂げ、その翌月には韓国で最も勢いのあるレーベルのひとつであるH1GHR MUSICに加入するなど、すべてが順風満帆だ。韓国のブラックミュージック界でNo.1のスターとも言えるJay Park、そしてその盟友のCha Cha Maloneが設立したことで知られる同レーベルは、最先端のサウンドとラップスタイルで流行に敏感な若年層から強く支持されている。HAONが番組内でチームを組んだ2人組プロデューサーのGroovyRoomも所属しており、彼にとってはこの上なく最高の環境を手に入れたと言えよう。
HAONはデビュー前から他にはないオリジナリティを発揮し、群を抜いたラップスキルとリリックメイキングで周囲を驚かせてきた。レーベルに所属することで十分な投資とプロモーション・サポートを得られるようになったことは、彼に大きな変化をもたらしただろう。9月には1st EP『TRAVEL: NOAH』を発表し、Jay ParkとHoodyをフィーチャーしたトラック『NOAH』のミュージックビデオは、YouTubeに公開されてから3か月で500万回再生を超えるほどのヒットを記録。確かに「次はどうしよう?」と悩んでもおかしくないくらい、短期間であらゆる目標を達成している。
MV
HAON – NOAH (Feat. Jay Park, Hoody) (Prod. GroovyRoom)
同EPのタイトルには、HAONのアイデンティティーでもある旅人を表す「TRAVEL」、そしてHAONを逆から読んだ「NOAH」という2つのキーワードが並んでいる。アルバム全体には「反抗の思念体『NOAH』と一緒に出掛ける内面世界への旅」というコンセプトが掲げられているが、これは具体的にどのような意味なのだろうか。H1GHR MUSICに入ったことが自身に与えた影響、1st EP『TRAVEL: NOAH』のこと、そして最後に次のアルバムの構想について聞いてみた。
──番組が終わったその翌月、H1GHR MUSICと契約したことが発表されました。他のレーベルからもコンタクトはあったと思いますが、H1GHR MUSICに入ることにしたきっかけや決め手が知りたいです。
とにかく一番積極的に声をかけてくれたのがH1GHR MUSICだったんです。前から憧れていた会社がそこまで積極的に誘ってくれるんだから、入らない理由なんてなかったです。すごく自然な流れだったと思います。かっこいい憧れの先輩たちがたくさん所属しているし、何より『高等ラッパー2』で僕によくしてくださったGroovyRoomの2人もいるし、これで断るなんてバカだなって思いました。
──H1GHR MUSICに入ったことで変わったこと、新しく得られるようになったインスピレーションなどはありますか?会社に所属したことは、HAONさんの作品にどんな影響を与えましたか?
まず大きな違いは、トラックがもらえるようになったことですね。以前はインターネットでフリートラックを探してそれにラップしたりしてたけど、今はプロデュースをしてくれる人がいるので、そこが全然違います。かっこいいトラックがもらえたり、僕が作ったものをもっと良くしてくれたり。音楽をやる上で幅が広がりました。あと、人脈という点でも会社の力は大きいですね。だってデビュー作にJay ParkとHoodyがフィーチャリングしてくれる新人が一体どこにいるんだって話ですよ(笑)。
──確かにJay Parkの会社に入ったってことは大きいですよね。
どこに行っても「俺の社長はJay Parkだぜ!」って堂々と言えますからね(笑)。
──H1GHR MUSICに入ったことで、ファッションへの興味は高まりましたか? ヒップホップのレーベルとしてはかなりスタイリッシュなほうに分類されると思うんですけど。
いや~、さっき話したスタイリストのウンって友だちに感謝するばかりですね。僕は正直ファッションはよく分からなくて。「普通のTシャツでいいじゃん」っていうのが本音だから(笑)。だからウンはいつも、僕がH1GHR MUSICのスタイリッシュな先輩たちと並んでも大丈夫なように服を選んでくれるんです。あくまでウンのおかげであって、自分だけでは全然ダメ。うーん、本当にファッションは分からないです(笑)。
──今年9月に1st EP『Travel: NOAH』をリリースしました。自分の中に生まれた反抗の思念体である「NOAH」の話を解いたと説明されていますが、その「NOAH」についてもう少し詳しく聞かせていただけますか?
『高等ラッパー2』が終わって、あまりにもいろんなことが起こりました。そんな中で懐疑心もあるのに、あれこれやらなきゃいけなくて、締め付けられるような気分でした。そしたら僕の中からなくなったと思っていた反抗心がまた芽生えてきたんです。とても強い反抗心が。それをアルバムで表現してみようと思いました。
そもそも僕のことを断片的にしか見ない人が多いので、この機会に「僕はこういう面もある人間です」ってことを伝えたかったんです。僕はみんなが思ってるような達観した人間ではなくて、僕にだっていろんな感情があるし、同じ人間なのに、ただ瞑想とかが好きってだけなのにって。あと、僕は何に対しても楽しさを追求するタイプです。そういったことを今回のEPで伝えたかったんです。そういう感情をひとつの思念体として「NOAH」と名づけました。その子と一緒に旅に出たんですよ。内面世界への旅に。
──人々の目に断片的に映った「HAON」という姿に対して、「NOAH」はいろんな感情を持った普通の人間だということですか?
どちらも僕であって、その2つが別々の存在というわけではないです。「NOAH」は他人から受けたストレスによって生まれた存在ではあるけど、それが僕の中にいるもうひとりの自分というわけではないです。僕はとにかく悪い感情を排除すべきだという考えを持っていて、楽しいこと、幸せであることが大事なんです。だから僕の中で今回新たに芽生えた反抗心を「NOAH」と表現して作品に収めてみました。その反抗心である「NOAH」と一緒に内面世界への旅に出て、この状況ではこう感じた、この状況で君たちは理解しなかった、そういったことを曲に羅列していきました。
──なるほど。「反抗の思念体『NOAH』と一緒に出掛ける内面世界への旅」というEPのコンセプトの意味がよく分かりました。ところで、もしかして日本の漫画とかアニメが好きですか?
うわ~!もう大好きですよ!
──先ほどおっしゃっていた「悪い感情を排除すべき」「楽しいことや幸せであることが大事」という考え方が、なんとなく漫画の主人公からも影響を受けてるのかなって思って。
その可能性もありますね。とにかくたくさん読んでるので。僕が好きな漫画は『僕のヒーローアカデミア』と『HUNTER x HUNTER』です。特に『HUNTER x HUNTER』のゴン=フリークス!
──他の韓国人ラッパーたちに同じ質問をすると、みんなだいたい『ONE PIECE』『ドラゴンボール』『SLAM DUNK』などを挙げるのですが、今すごくジェネレーション・ギャップを感じてしまいました(笑)。
あ、でも『僕のヒーローアカデミア』は本当に最近の漫画なので(笑)。
──アルバムの話に戻りますが、今回初めてアルバムを作ってみて、次回に生かしたいこと、学んだことなどはありますか?
プロデューサーのBOYCOLDさんから、歌詞がちょっと難しすぎるんじゃないかって指摘されました。僕は自分の歌詞について、聴いた人がそれぞれの解釈をしてくれたらいいなって思うんです。その人なりに解釈して、その人の人生にとって何かしらの役に立てればって思って書いてます。だけどBOYCOLDさんは、それだけが正解ではないって教えてくれました。だから次のアルバムは、もっと率直な歌詞が多くなるんじゃないかな。
──次のアルバムについて、可能な範囲で教えていただけますか?
GroovyRoomの2人から「年内にもう1枚出したらどうか?」って言われてて。「うわぁ、早くやらなきゃ、どうしよう!」って思ってるんですけど。僕としては来年、冬が過ぎて春になったくらいに出せたらいいですね。前作の『Travel: NOAH』がEPだったので、次はフルアルバムを出したいです。前作は時間に追われながら作ったので、ちょっと惜しかった部分もあるんですよ。次はもう少し時間に余裕を持って、もっと満足できる作品を作りたいです。だからやっぱり来年の春くらい、ですかね……?
──今、マネージャーさんのことをチラッと見ましたね(笑)。次はBOYCOLDさんのアドバイスに従って、率直な歌詞が多く入るということですね?
うーん、これ言っていいのかな?頭の中で次のアルバムの構想を練るのがすごく楽しかったんですけど、前作では僕の内面の世界を見せたので、次は実際に僕がいる世界を見せたいと思ってます。これまで僕が僕であったという起源、つまり“Origin of HAON”っていうのを表現したいです。「楽しくなければならない」というメタファーをアルバム全体に取り入れています。
──次のアルバムが本当に楽しみです。では最後にもうひとつだけ質問を。東京、楽しんでますか? 東京に来るのは何回目ですか?
日本は今回が3回目なんですけど、京都に1回行って、東京は2回目です。東京ってビルとかすごく近代的なのに、同時に東洋的な雰囲気もあるし、リスペクトしてます。人々も周りの視線をあまり気にしないですよね? みんな好きな服を着て、好きな髪型をして。時間さえあれば1週間くらいいたかったけど、今回は滞在が短くて本当に残念です。
──次はぜひ1週間くらいゆっくりと遊びに来てください!
最後に僕からもひとつ質問があるんですけど、日本の高校生も僕みたいに中退することってあるんですか?
──あるにはあるけど、少ないですね。大学を中退する人は高校に比べたらもう少し多くなるけど、どちらもパーセンテージで言うとかなり少ないです。
そうなんですね。日本の漫画を見てると、なんか凄まじいなって思うんです。中学校からいいところに行って、高校に上がって、それってあまりにもキツいんじゃないかって。ドキュメンタリー番組でもそういうのを観たんですけど、すごく体系化されてるなって思いました。
──日本も韓国と同じく学歴社会ですからね。
はぁ~(大きなため息)。
──(笑)今朝日本に着いたばかりでお疲れのところ、本当にありがとうございました。
ありがとうございました!
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HAON
2000年生まれの18歳で、Jay Park率いるレーベル「H1GHR MUSIC」の最年少ラッパー。2018年上半期に放送された高校生専門のラップ・バトル番組『高等ラッパー2』で優勝を果たし、5月に同レーベルに加わった。9月にリリースした1st EP『TRAVEL: NOAH』では改めてHAONだけが持つ哲学的な世界観を提示した。 HAON Instagram