GOGO=「ゴゴ」(おばあちゃん)の愛称で親しまれている、ケニアの世界最高齢小学生プリシラ。「学ぶことに年齢は関係ない」!94歳の女子生徒を追ったドキュメンタリー映画が2020年12月25日(金)に公開される。
映画『GOGO(ゴゴ) 94歳の小学生』 ケニアのおばあちゃんのチャレンジ
アフリカ大陸の左上に突き出た「ツノ」の生え際少し下に、ケニアはある。この国の奥地、観光客も来ない小さな村に、主人公ゴゴが住んでいる。「ゴゴ」とはローカル言語カレンジン語で「おばあちゃん」の意味。彼女の本当の名前はプリシラ・ステナイ。助産師として長い間働き、誰からも親しまれる村の人気者だ。3人の子供に22人の孫、そして52人ものひ孫に恵まれている。
ケニアがまだイギリスの植民地だった時代に生まれたゴゴは、学校へ行ったことがなかった。だからこそ、教育の大切さを人一倍感じてきた。2014年に、学齢期のひ孫たちが不就学なことに気づいたゴゴ。そこで子供を学校へ入れるだけでなく、自身も小学校へ入学すると決めたのが、彼女のすごいところだ。齢90歳にして、ひ孫と一緒に小学校へ通い始めたおばあちゃん。何十歳も年下のクラスメートたちと一緒に寄宿舎で寝起きして、制服を着て授業を受ける。耳も遠くなってきて、目の具合も良くないけれど、念願の勉強を続ける。そしてとうとう、卒業試験を迎えることに…!
ケニアでは、2003年に初等教育の授業料が無償化。就学率は2018年には9割を超えたが、未だに約2割の子どもが中等教育への進学を諦めている。要因は、学校が遠いことや女子の早すぎる結婚など様々だ。ゴゴが学校に通い始めたのは、周囲に教育の大切さを訴えるためでもある。
「学びに年齢は関係ない」。このメッセージを全身で発するゴゴ。そんな彼女に惚れ込みその学校生活をフィルムにおさめたのは、スカル・プリッソン監督。前作『世界の果ての通学路』(2012)では、セザール賞最優秀ドキュメンタリー賞を受賞している。
『世界の果ての通学路』は、危険な道のりの中何時間もかけて学校へ向かう様々な国の子供達の姿をとらえたノンフィクションだった。日本に生まれると想像もつかないが、未だに、世界には教育を受けるための障害がいくつも存在している。そこに問題意識を持っていたプリッソンが今作のアイデアを得たのは、ナイロビの地元紙に載ったゴゴの記事からだった。彼女の存在を知るや否やすぐにケニアへ飛び、そのバイタリティとカリスマ性に惹かれ、撮影を決意。
しかし、ゴゴは映画というものを見たことがなかった。なのでプリッソンは、映画とはどんなものかというところから彼女にプレゼンをしなければいけなかったわけだが、ゴゴはそんな「未知」のものに対しても、「それが他の少女たちの就学を奨励することになるなら」と引き受けたという。そう、ゴゴの中にあるのは、自身の学びへの意欲だけでなく、次世代の教育状況を改善していきたいという意志なのだ。
大きな樹の下で、子供たちがゴゴを囲む。
撮影計画は特になく、脚本にも指示はゼロ。カメラはただひたすらに、ゴゴの学校生活に寄り添っていく。数学の問題に答えて目を輝かせる表情や、先生に叱られるシーン…見ていると私たちも少し懐かしい気持ちになるかもしれない。
さらに特徴的なのは、ボイスオーバーを一切使わずに、全て自然な会話を編集しながら語り方に一貫性を持たせる手法だ。外側からの語りを入れると、それだけで視線の押し付けが生まれたり、作品が一気に寓話的なものになってしまう可能性がある。だからこそプリッソンは、実際にカメラの前で登場人物たちから発せられた言葉のみを、セリフとして組み込むことにした。修学旅行先でのライオンとの遭遇(!)など、ハプニングも何もかもが、ごくごく自然に映し出される。面白いのは、登場人物たちにとって、カメラの存在がなんの意味も持たなかったという点。ゴゴを含め多くの村人たちには、「撮影される」という経験自体が初めてのものだったので、カメラがあろうとなかろうと、態度も話し方も変わらない。現代日本に生きる私たちにとって、写真や動画を撮ること・撮られることは完全な日常と化し、むしろ「日常」の方がカメラを意識した作りになってきているところすらある。そういった意味でも、彼ら被写体のありようは新鮮だ。プリッソンのアプローチには、映像を見ているこちらと映像の中の被写体とを、気づかぬ間に親密に出会わせる力がある。社会問題を扱ってはいるが、焦点は常に「人」にあり、それこそが、彼の作品が単なるドキュメンタリーを超えた映画となっている所以だろう。
校長先生の家族であるディナは、学校の敷地に住んでいる。ゴゴの食事面の世話を頼まれるうちに、大の仲良しに。
本作『GOGO(ゴゴ) 94歳の小学生』は、ゴゴという一人の女性の冒険譚だ。彼女の熱意、喜び、もがきを通して、観客はこの世界が未だに抱えている問題に、手触りを持って向き合うことになる。でも、スクリーンから出てくるのはあくまで希望だ。鮮やかなグリーンの制服を着て並ぶ少女たち。その間に、小さなニットキャップを被ったゴゴがいる。女子の教育問題は今世紀も大きな課題として重くのしかかり続けているけれど、信念のもとにチャレンジを続けるゴゴを見ていると、閉塞感がなくなっていく。
ケニアの美しい自然を背景に繰り広げられる学校生活を、まずは楽しんで見てほしい。
「世界中の全ての子供たち、特に少女たちに伝えたい。
学校に行くことはあなたたちの力となり、財産となります。
だから、突き進んで下さい。
私は、たとえ100歳までかかっても、
卒業証書を手にできるよう、神に祈っています。」
────プリシラ・“ゴゴ”・ステナイ
Text: Motoko KUROKI