都心の一等地で建て替えならば、建物を高くするのは当然のこと……と思いきや、その逆をいった「とらや 赤坂店」。その裏には日本らしい生真面目な心がありました。
一流の心意気が詰まった、とらや赤坂店:東京ケンチク物語vol.7

TORAYA Akasaka Store
知名度・歴史いずれをとっても当代随一の和菓子屋「とらや」。室町時代後期の京都に創業し、約500年の歴史を刻んできた。その旗艦店ともいえる店が今回の訪問先。246号線を赤坂見附から表参道へと向かっていく途中、赤坂御用地の向かいという一等地に、2018年に新たに生まれ変わったばかりの建物だ。もともとここに建っていた旧赤坂店は、前回の東京オリンピックが開催された1964年に完成した9階建ての建物。当時は周囲でいちばん高い建物のひとつだったという。それから半世紀の間に、周囲の景色は様変わりし、もっと近代的でもっと高層の建物が次々と建ち並んだ。リニューアルで一体どんな立派な建物になるのだろうと思っていたら、高層化どころか、店と菓寮(喫茶)、製造場、ギャラリーという和菓子屋に特化した機能だけが入る4階建ての建物に。まさかの〝縮小〟を遂げたのだ。都心の建て替えで、そんな話ってほかにあるだろうか?建物を高層にして、テナントや賃貸住宅でも入れれば採算がよいのに。それが現代の常識のようにも思えるが……。あくまでそれを選択しないのが「とらや」ということだ。実は高層にする案もあったというが、経営理念である「おいしい和菓子を喜んで召し上がっていただく」という本分に立ち戻り、身の丈に合った店にすべきだと、この小さな建物を実現させたのだそう。
設計は、現在の日本を代表する建築家のひとり、内藤廣。建物は敷地の形に沿った扇形の建物に大きな屋根をさしかけたようなつくりだ。床・壁・天井・階段と、ヒノキやナラ材を張り巡らしたインテリアが、ガラス張りの外壁越しに街からも見える。近代的な街並みのなかで、木をふんだんに使った背の低い建物はむしろよく目立つ。ぜひ中に入って、細かなところまで見てほしい。堂々とした黒漆喰の壁、旧店で使っていたものにプラチナ箔を施した大きなロゴ、ヒノキを立体的に組み上げた格子状の壁……。生菓子を丁寧に丁寧につくるように、細部まで気持ちの行き届いた建築だ。日本きっての老舗が、目先の利益に走らず、自分たちが何をすべきかに真摯に向き合って建てた小さな建築。それは建築の、社会の最先端の、真に〝立派な〟ありようにも見える。