緑の丘に沿うようにして家型が連なるさまが、絵本のワンシーンのような建物。本に触れること、読むことが心から楽しくなる仕掛けに満ちた文学館が生まれました。
絵本から飛び出してきたような建物「魔法の文学館(江戸川区角野栄子児童文学館)」
東京ケンチク物語 vol.58
魔法の文学館(江戸川区角野栄子児童文学館)
KIKI’S MUSEUM OF LITERATURE
1985年出版の『魔女の宅急便』を筆頭に、半世紀以上にわたって子どものための物語を紡ぎ続ける児童文学作家・角野栄子。彼女が幼少期から20代初めまでを過ごした江戸川区に、2023年11月、自身が館長を務める「魔法の文学館(江戸川区角野栄子児童文学館)」がオープンした。建物があるのは梅や桜、ツツジにコスモス……と季節ごとの花の移ろいが美しい「なぎさ公園」内の、旧江戸川を望む小高い丘。傾斜をまわり込むようにして、斜めの屋根を載せた真っ白の箱が連なっていく。それぞれの箱には、四角い出窓が位置も大きさも不規則についていて、ところどころの窓越しに、本に熱中する館内の人々の姿が見える。設計は隈研吾。不定形の屋根を上空から見ると開いた花の形をしていて、子どもたちの想像力と創造力を育み、膨らませていく場所にぴったりだ。
緑の丘の中に純白とピンクが映える、絵本から飛び出してきたようなこの建物、中へ入るとさらなる驚きが待つ。坂道に沿う3階建ての内部は一面がいちご色で、『魔女の宅急便』の舞台「コリコの町」をイメージした小さな街になっているのだ!角野の娘・くぼしまりおによるアートディレクションのもと、入り口のある1階から3階のカフェまでをつなぐ大階段の両脇、そこからつながる各階のライブラリーなどに、三角屋根の書棚や読書スペースなどが配された。館内には角野作品はもとより、彼女が選んだ児童書や絵本、図鑑など約1万冊の蔵書が並ぶ。通常の図書館のような五十音順の分類ではなく、低い場所に小さな子どもたちのための絵本、少し高い場所に文字の多い児童書といった具合に年齢に合わせた緩やかな分類で配架しているほか、階段の途中でも座り込んで本を読めるようになっていたり、まだ文字を読めない幼児でも楽しめるプロジェクションや展示が用意されたりと、あくまで子どもの視点に立った図書館になっているのが微笑ましい。小さな“おうち”の中に入って一人で本を読みふける男の子、窓辺に座って父親に読み聞かせをしてもらっている小さな女の子、そして幼い頃の思い出の本に出合って喜ぶ大人たち……。誰もが本をめぐる“魔法”にかかる幸せな建築だ。
Illustration_Hattaro Shinano Text_Sawako Akune Edit_Kazumi Yamamoto