『マイ・プライベート・アイダホ』『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』などエモーショナルな人間ドラマを世に送り出し、日本でもたくさんのファンに愛されてきたガス・ヴァン・サント監督。そんな彼が、実在の半身不随の漫画家の自伝を元にした新作『ドント・ウォーリー』を提げて来日!本作にはホアキン・フェニックスらメインキャストをはじめ、元ソニック・ユースのキム・ゴードンやゴシップvo.のベス・ディットーなど、俳優かどうかにかかわらず、監督のお気に召したユニークな面々が脇を固める。監督が思う、いい俳優の条件って何なのだろう?直接聞いてみた。
ホアキン・フェニックスにキム・ゴードン…「ドント・ウォーリー」ガス・ヴァン・サント監督に聞く名優の条件

──監督は今回、かつてオレゴン州ポートランドに暮らしていた実在の風刺漫画家であるジョン・キャラハンの自伝を映画化されました。彼が交通事故をきっかけに半身不随になり、どん底に落ちてから、どうにか人生を立て直し、風刺漫画家として成功するまでがやさしく描かれます。
ガス・ヴァン・サント(以下、ガス) 僕がオレゴンに移り住んだ1980年代当時、ジョンはすでにポートランドのアンダーグラウンドなアートシーンで知られた存在だった。ジョンのイラストは1980年代からポートランドの主要地方紙・Willamette Week紙に載っていたし、ポートランドの前に僕がLAにいた頃はLA Weekly紙にも掲載されていたんだ。そこから10年くらいをかけて、全米で知られた存在になっていった。『ザ・シンプソンズ』で知られるカートゥーニスト(漫画家)のマット・グレイニングの助けも大きかったようだね。ジョンとマットはエージェントが同じだったんだ。
──元々この企画を監督に持ちかけたのは、名優ロビン・ウィリアムズ(2014年に他界)だったとか。
ガス ロビン・ウィリアムズは1990年代の早い段階で、1989年に出版された原作の映画化権を獲得していたんだ。それで1997年の『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』でロビンと仕事をした後、彼は『ドント・ウォーリー』の脚本を開発しないかと僕に聞いてきた。そこでジョン・キャラハン本人への取材を始め、ランチに一緒に行ってはいろいろな雑談をし、ジョン自身への理解を深めていったんだ。
──そこから20年の歳月が経ってようやくの完成。長い道のりでしたね。
ガス そうだね。脚本を書いてロビンに渡すことができた時には、かなり時間を経っていたけれど、ようやく撮影を開始できるのだなと感慨深かったよ。でも当時、ロビンは他の作品にも取り組んでいて、本作のために時間を費やす自由な時間があまりなかった。その上残念なことに、2014年のロビンの死でこの企画が完全にストップしてしまった。
でもあるとき、ロビンが仕事用のライブラリーを持っていたソニーのスタッフから「ロビンが遺したジョン・キャラハンの本がありますが、どうします?」と連絡がきたんだ。ジョンの物語の映画化については僕自身ずっと情熱をもってきたから「もし企画がまだ生きているなら取りに行くよ」と返事をして、それがきっかけで再スタートが切れて今に至るんだ。
──ロビン・ウィリアムズをも魅了したジョン・キャラハンはどんな人だったのでしょう?ポートランドの街を車椅子に乗って超高速で走り抜ける、ローカルではよく知られた、アイコニックな存在だったと伺っていますが。
ガス 彼は自身のルーツであるアイルランドとは何の関係もない環境で育ったにもかかわらず、典型的な“アイルランド人”だったね。養子として育ててくれた家族の他に、修道女に究極のカトリックとして育てられたんだ。なのにいわゆるアイルランド人的なトラブルメイカーだったし、ユーモアも忘れていなかった。だからこそ、ギリギリのところで笑いをとる風刺漫画の芸風が生まれたんだね。冗談好きでコメディアンみたいなルックスな彼を、コメディアン出身のロビン・ウィリアムズもすごく気に入っていたみたいだ。
彼がアルコール依存症になったのは、子どもの頃に母親を知らないで育ったことによる孤独感が原因だと思う。養子の兄弟4人の長男で、他の子どもたちとは違うと感じていたんだろうね。彼は本当の母親がどこの誰なのかをずっと探していたそうだ。だからあえていつも冗談を言って、茶目っ気を出していたんだとも思う。
──とびきりのユーモアがありながら、精神的なダメージも負っている。そんな複雑な人物を、主演のホアキン・フェニックスはリアルに演じ切りました。
ガス ホアキンもジョンに負けず劣らず、いい意味でクレイジーな人物。『マイ・プライベート・アイダホ』に出演してくれたリヴァー・フェニックス(1993年に他界)は彼の兄だけど、昔リヴァーに招かれてホアキンと同居中の家に行ったことがあったんだ。そうしたら家の中にスケボー用のランプ(スケートボードで走るための半円状の構造物)があって、「これはホアキンのだよ。彼はクレイジーなんだ」と言っていた(笑)。
とはいえリヴァーもクレイジーで、彼らは同じくらい常人には予想のつかないようなユニークな性格をしていると思う。ふたりともヒッピー思想をもったフェニックス家の出身で、若くして世界中を巡るような子ども時代を過ごしていたから。
──23歳で夭折し、もはや伝説となったリヴァー・フェニックスと、今俳優としてどんどん脂が乗ってきているホアキン・フェニックス。同じ家で育った彼らに、俳優として共通する部分はありますか?
ガス 役に没頭するのは、リヴァーもホアキンも一緒。『マイ・プライベート・アイダホ』の時のリヴァーは、洋服も何もかも役になりきっていた。ホアキンも1995年の『誘う女』に出演してくれた頃から、役に合わせて髪を切ってきて得意げに見せてきたのを覚えている。セリフも叩き込んできて、周りが疲れるぐらい役に没頭するね。今回のジョン・キャラハン役についても同じだったよ。
──ホアキンとは『誘う女』以来、2度目の共作です。いかがでしたか?
ガス 僕が映画の撮影中に楽しんだのは、ホアキンがジョン・キャラハンとして“その瞬間”にいることを見ることだったんだ。その瞬間というのは、断酒ミーティングだったり、病院だったり、家の中だったり…ホアキンは役を呼び起こすことが本当にうまいんだ。
彼は役に入るための準備も徹底的にしてくれた。まだ映画の製作資金が集まっていなかったのに、車いすを購入して、自分のSUV(の車)に乗せていたんだ。あと、ジョンが交通事故の後に運ばれたリハビリテーションセンターにも実際に足を運んでくれたんだ。そうした彼の献身的な準備は、この映画の成果につながったと思うよ。
──今回、特にお聞きしたかったことについて伺います。この映画は、ホアキン演じるジョンが断酒のために通うミーティングの場面で始まりますね。その俳優陣が実に個性豊か。断酒ミーティングの開催主ドニーをシリアスとコミカルの間で見事に演じたジョナ・ヒルの他、参加者を演じるのはキム・ゴードン、ベス・ディットー、ウド・キア、マーク・ウェバーという面々です。俳優と非俳優が入り混じる、ある意味アナーキーなメンバーに、これまでも素人に近いキャストを採用してきたガス監督らしさを感じました。
ガス 脚本を準備する中で、この断酒ミーティングのメンバーのことは“予期せぬ出会いにより、様々なコミュニティから集まった人たち”というイメージで描いた。僕自身も知っていた断酒サポートグループやそこに所属していた人々をモデルにしているんだ。
──断酒ミーティングのことはつまり、多様性を大事にしながら脚本に書かれ、またキャスティングが行われたということですね。元ソニック・ユースのキム・ゴードンは、最晩年の故・カート・コバーンをモデルにした監督作『ラストデイズ』にも出演していましたね。
ガス 彼女が演じたのは、ポートランドの高級住宅街に住む女性。ジョン・キャラハンが生前、その高級住宅街に住んでいる人のことを面白おかしくイラストに描いていたことから考えついた役なんだ。キムは役者ではないけれど、すでに一緒に仕事をしていたし、エレガントさが求められるその役をいともたやすく演じることができると思った。実際、彼女が役自身の物語を作り上げて演じてくれたんだ。
──本作の最初のシーンは、まさにキム演じる女性が私生活について語るシーンで、見事でした。あとは、ロックバンドであるゴシップのヴォーカル、ベス・ディットーのキャスティングも驚きました。彼女には俳優歴はほとんどないようですが。
ガス ベスが演じたのはカントリーガール。髪型からして田舎っぽくしてくれたよね。彼女自身田舎出身で、役がもつ世界観をよく理解しているから出演をお願いしたんだ。彼女は自分の母親や叔母さんを元にしながら役を生み出してくれたらしい。断酒ミーティングの面々の中でも特にセリフが多い重要な役で、ジョンの自伝にもそれらのセリフは登場していたんだ。あとは…誰がいたっけ?(笑)。…あ、ウド・キアもいたね!
──ウド・キアはドイツ出身の怪優であり名優ですね。監督作『マイ・プライベート・アイダホ』や『カウガール・ブルース』にも出演していました。
ガス ウドの役はギリシャからポートランドにやって来た移民で、船舶関係の仕事をしているお金持ちというイメージ。ジョンの原作には登場しない、僕が作り上げた人物なんだ。というのもポートランドには、ギリシャ人のコミュニティがあるから。ウドはドイツ人だから当て書きというわけではないけれど、この役に合ってるんじゃないかと思ってオファーした。この役が断酒ミーティングの場で語るのは、死んでしまった猫の話。観客が身近に感じるような死の物語を語ってもらったんだ。
──なるほど。この断酒ミーティングの面々には、監督ご自身がたびたび作品の舞台に選んできたポートランドという街自体も透けて見えるんですね。残りのメンバーは、マーク・ウェバーです。
ガス 彼は素晴らしい役者でありまた監督でもある、ストリートから見出されて成功した反骨の人物。断酒ミーティングの参加者役の4人の中で、彼だけはオーディションに来てくれたんだけど、すごくよかったからキャスティングしたんだ。
──彼らの撮影現場でのケミストリーはいかがでしたか?
ガス 一番心配だったのは最初に彼らが集まって一緒に席に座る瞬間だったんだけど、みんないい具合にエキサイトしていたのを覚えているよ。どうやらお互いを知るために、セットの外でディナーを共にしようという計画も出たみたいで。それほど真剣に取り組んでくれたこともあり、結果的にすごくいいシーンが生まれたと思う。
──断酒ミーティングのシーンのメンバーもそうですが、監督はキャスティングする際、職業が俳優であるかはどうかはあまり気にされない印象があります。“いい俳優”の条件とは何だとお考えですか?
ガス 僕にとっての素晴らしい俳優とは、スクリーンに映っているということを意識しない人だと思う。カメラやスタッフに見られているにもかかわらず、まるで全く見られていないかのようにふるまう、それがいい演技。カメラに撮られている感覚を意識しながら演じていると、それが出てしまう。映画と舞台ではまた少し事情が違うかもしれないけれど。
──いい俳優は、自意識をコントロールできるということでしょうか。
ガス とも言えるかもしれない。実人生でも、見られていることを意識するときってあるよね。そんな中で役者じゃなくても、どんなときでも自然にふるまえる人もいる。見られているかどうかなんて、どうでもいいと思っている人たち。自意識に囚われさえしなければ自然な役者になれることもある。もちろんそれもそんなに簡単なことではなくて、逆に言うと、経験を積んだ役者によく見られる傾向だとも思う。
──理想の俳優像を具体的に言うなら、たとえば?
ガス シンプルな例で言うと、マーロン・ブランド。『蛇皮の服を着た男』というテネシー・ウィリアムズ原作、シドニー・ルメット監督の映画で、被告人役のブランドが裁判官に向かって話すシーンがあるんだ。そこで彼は見られているという状況をまったく意識させない。普通ならカメラの前でやらないような奇妙な表情や動作をあえて見せるんだ。演技を意識していない印象を与えることにおいて、彼はすごくうまいと思うね。
──監督の映画で俳優陣の演技を見ていると、何気ない日常のシーンなのに、ふっと気づくと感動していることがよくあります。その理由が少しわかった気がしました。ありがとうございました!
『ドント・ウォーリー』
監督・脚本・編集:ガス・ヴァン・サント
出演:ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック
音楽:ダニー・エルフマン
原作:ジョン・キャラハン
原題:Don’t Worry, He Won’t Get Far on Foot
2018年/アメリカ/英語/115分/カラー/PG12
配給:東京テアトル
提供:東宝東和、東京テアトル
2019年5月3日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ有楽町・ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館他全国順次公開
ⓒ2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
www.dontworry-movie.com
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ガス・ヴァン・サント
1952年、ケンタッキー州ルイビル出身。1986年、『マラノーチェ』で映画監督デビュー。1997年の『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』ではアカデミー賞脚本賞(マット・デイモン、ベン・アフレック)、アカデミー賞助演男優賞(ロビン・ウィリアムズ)受賞。2005年の『エレファント』ではカンヌ映画祭最高賞パルムドール、監督賞受賞。その他の監督作に『マイ・プライベート・アイダホ』(1991)、『ラストデイズ』(2005)、『ミルク』(2008)『永遠の僕たち』(2011)など多数。
Photo: Yuka Uesawa Edit,Text: Milli Kawaguchi