さまざまなフィールドで活躍する、新進気鋭のクリエイターにインタビュー。その独創的な発想力と、人を惹きつける魅力とは?創造の源に迫る。
漫画家・むつき潤が作品を通して表明したい決意とは
シーンを塗り替える表現者たちvol.08
むつき 潤
漫画家
日常を鮮やかに塗り替える
人と人の出会いを描きたい
《おれひとり PCいっこ。音楽だけあればいい》。DTM(デスクトップミュージック)の制作と演奏を中心に据えたシンプルな生活を送っていた主人公が、聴き手と、音楽を鳴らす仲間を得ていく。新感覚の青春群像劇『バジーノイズ』で若者たちの共感を得たむつき潤さん。2024年初夏には同作の実写映画公開を控え、連載中の『ホロウフィッシュ』でもファン層を拡大している若手の注目作家だ。
「西洋美術に明るい父と映画好きの母の影響で、幼い頃から日常的に絵を描いたり映画を観たりしていました。美大ではほとんどの時間を映画制作に費やし、その経験をもとに初めて描いた漫画でちばてつや賞をいただいたのが21歳の時。翌年、小学館新人コミック大賞青年部門大賞を受賞してデビューが決まりました。連載を目指すなかで、編集さんから〝音楽〟をテーマにすることを提案され、1年間ほどの取材期間を含め、準備に3年かけて『バジーノイズ』を描き始めたんです」
情報収集用のSNSアカウントを作り、ライヴハウスに通って観客と交流し、アーティストやレコード会社のスタッフにも話をきいた。
「イマジネーションで描けるタイプではないので、まず経験則として自分に情報を入れる必要があるんです。知識を増やしてからストーリーに取り組んで、清澄というバンドマン、潮というリスナー、航太郎というレコード会社スタッフの3本のラインを作り、誰を主人公にしてもいいように、設定に厚みを持たせることを意識しました。『ホロウフィッシュ』を描く前に力を入れたのは、魚類学や遺伝子学、免疫学などの学術書を読み込むことでした」
『バジーノイズ』のポップでミニマルな絵柄はこの作品のために獲得されたもので、「僕がもともと持っている絵は、『ホロウフィッシュ』やデビュー作のほう」だというから驚く。
「シティポップのリバイバルや、海外のMVやフライヤーの風通しのいい絵作りにも多大な影響を受けました。初めての、しかも週刊連載でしたが、大勢のアシスタントさんがいなくても、一人で描かなければいけない事態になったとしても、原稿をちゃんとあげられる、かつテーマにふさわしい絵柄を、と考えてスタイルを構築しました。逆に『ホロウフィッシュ』は、作中のフィクションラインを大きく上げた変な話だからこそ、ガリガリ描き込んで、より写実的な表現を目指しています」
世界観や物語の構造、登場人物の内面の表出の仕方など多くの相違点がある二作だが、海辺の街に暮らす「ひとり」が、とあるきっかけで他者とつながっていく様を描くという共通点も。
「都会的な神戸と、赤茶に錆びて塩の匂いの強い漁村。僕自身が生まれ育った街と家族のルーツがある村の、正反対ともいえる雰囲気が抽出されて作品の空気感を作っていると思います」 『ホロウフィッシュ』は、大学時代の知人・麓貴広の城戸賞入選作『この醜く美しき世界』を原案としている。
「漫画では静岡の沼津をモデルにしています。日本一の深さを誇る駿河湾と日本一高い富士山が聳え、深海生物専門の水族館もあり、作品のイメージに具体的にフィットする感覚がありました。登場人物はもちろん架空の存在ですが、描いていくうちに尊重すべき個性がだんだん明らかになってくる。作者がキャラクターを知る意味でも、生まれ育った環境や風景を想像できる方が描きやすいんです」
むつきさんの漫画にしばしば寄せられるのが「映像的」という評だ。
「僕は漫画を描き始めたのが20歳と遅かったし、アシスタント経験もありません。その影響なのか、漫画的な文脈よりも、自分の頭の中にある映像のスクリーンショットを撮るようにして、コマにどんな絵を置くかを選んでいる感覚があるんです」
「他者の声が入っていない作品は信頼しない」と言い切るむつきさんにとって、「ひとり」と「他者」は何を意味するのだろう。 「一人が楽だし、孤独な時間が大好きです。でも、人と一緒にいる世界が豊かであるとも間違いなく思っている。僕の漫画は、そんな思いの独白というか、一種の決意表明でもあります」
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むつき 潤
むつき・じゅん>> 兵庫県出身。大学在学中にちばてつや賞入選。2015年『ハッピーニューイヤー』で小学館新人コミック大賞青年部門大賞を受賞しデビュー。『バジーノイズ』に続き、22年から『ホロウフィッシュ』を連載中。
Photo_Hikari Koki Text_Hikari Torisawa