カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞して以来、国際映画祭の賞レースを席巻し、第97回アカデミー賞(2025年)では作品賞、監督賞、主演女優賞など6部門にノミネートされている映画『ANORA アノーラ』(2月28日公開)。ニューヨークでストリップダンサーをしながら暮らすロシア系アメリカ人のアニーことアノーラの身に起きた、シンデレラストーリーの向こう側を描いたコメディ。本作を監督したのは、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(17)、『レッド・ロケット』(21)でアメリカンドリームなんて存在しないアメリカで、ドリームを追う人たちを眩しいほど鮮やかに描いてきたショーン・ベイカー。そんな彼が主演マイキー・マディソンとのコラボレーションについて語ってくれた。
カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作『ANORA アノーラ』
監督ショーン・ベイカーが映す、女性のまなざしと男性のまなざしの融合

——本作は、主役であるアニーの女性のまなざしを主としながらも、冒頭のナイトクラブのシーンなどかなりステレオタイプ的な男性のまなざしから映画がスタートし、徐々にそこから女性のまなざしへと移行し、どちらも脆さや強さを持つものとしてそのふたつが融合していくような意図も感じました。
冒頭のショットでは、セックスワーカーがいかに社会から、特に客から性的対象化される存在であるかを表現しています。でも、映画の後半、とても興味深い瞬間があって。実際、計画したものではなく、アニー役のマイキー・マディソンとのコラボレーションのおかげで思いついた場面があったんです。ロシア人の御曹司イヴァンとの2回目のデートで、彼のお屋敷に呼ばれたアニーが、フロアでエロティックなダンスを披露して、ソファにいる彼に近づくシーンがありますよね。脚本には、「アニーがエロティックなダンスをし、二人はセックスをする」という1行しかなくて、ディティールは書いてなかったんです。
——そうだったんですね。
はい。そうしたら、マイキーが自らダンス・インストラクターと一緒に共同制作したダンスを披露してくれました。録画したものを見せてもらって、彼女が本当にたくさんの時間と労力を費やしてくれたことがわかったし、なんて素晴らしいパフォーマンスなんだと思った。それで、「これを何とか形にして、瞬間として特別なものに仕立てよう」と言ったんです。あのシーンはミュージックビデオのように撮影しましたが、わざと男性の視点に傾倒するようにしています。
——男性客であるイヴァンの目からそれを映しているからですよね。
そうですね。イヴァンの目を通して、その瞬間を見せている。そして、それは結果的に、彼女の優れた仕事ぶりを顧客に示すことでもあるんですね。個人的に、妙な感じがしたのは、『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』(12)まで遡っても、自分は男性のまなざしを常に意識し、抑制しようとしてきたんです。そこに女性のヌードがあるならば、男性のヌードをちゃんと見せようとしてきたし。僕がすべての作品を通して意識的にアプローチしなければならなかった方法が、今回そういう流れで自然と適用されていたことはとても興味深かったですね。
Text&Edit_Tomoko Ogawa