『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』(3月14日公開)は、今アメリカで起きていることの寓話にして、奇妙でクールなフェアリーテイルだ。監督は、サフディ兄弟の撮影監督としても知られ、NYインディーズ映画界の中心にいるショーン・プライス・ウィリアムズ。かつてイーストヴィレッジにあった伝説的なビデオストア、キムズビデオで働き、2023年にはチャイナタウンのアートシアター、メトログラフから独自の基準で厳選した映画1,000本をまとめた本『SEAN PRICE WILLIAMS’S 1000 MOVIES』を出版するなど、生粋のシネフィルでもある。NYの自宅から瓶ビールを片手に、打ち解けた雰囲気で取材に応じてくれた。
『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』ショーン・プライス・ウィリアムズ監督にインタビュー
まるで“トランプ時代の不思議の国のアリス”!「いじけたロードムービーであると同時に、これはアメリカについての映画なんだ」

——『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』は、修学旅行でワシントンD.C.を訪れた高校生のリリアン(タリア・ライダー)が、ひょんなことからアメリカ東部を縦断する、奇想天外な旅を描きます。そこで伺いたいのですが、監督自身が東部のニューヨークを拠点にしている理由はなぜ?フィルムメイカーとして成功し、ロサンゼルスに移住する人も少なくないと思います。
僕は絶対に引っ越さないよ!たしかにロサンゼルスには“開拓者”たちが行き、成功した映画を撮るという美しいファンタジーがあるよね。典型的なハリウッド監督としては、たとえばスティーブン・スピルバーグがいる。彼の仕事は大好きだけど、僕自身はハリウッド映画のために働くことにあまり興味がない。それより、東海岸やニューヨークの流派にロマンを感じているんだ。
——ニューヨークからはどんな刺激を受けていますか?
挑戦ができることかな。ニューヨークは比較的、ヨーロッパに近くて。古い考え方かもしれないけど、西ヨーロッパはアバンギャルドなアートの発信地だから、その影響があるのかも。ハリウッドではすべてが完璧でなければならないけど、ニューヨークではミスしたっていい。キューブリックだって成功を収めたあと、ハリウッドにとどまらずイギリスに向かったんだから。進む道はいろいろあって、自分の場合はニューヨーク。精神的に覚醒した状態でいさせてくれる街だし、個人的には四季も必要だから。ロサンゼルスは雪も降らないし、さんさんと輝く太陽にも興味ない。ロサンゼルスにいる時は、無性に寂しく悲しくなるんだよ。
——東部が舞台のロードムービーは、アメリカ映画史においてどういう意味を持ちますか?
アメリカのロードムービーといえば、本来はテキサスかカリフォルニアなど西部が舞台だよね。この映画は、ただただ東部の高速を走るんだけど、実はそのごく限られた空間において、多くの歴史的に重要な出来事が起こっているんだ。それが、脚本家のニック(・ピンカートン)によるアイデアのおおもと。いじけたロードムービーであると同時に、これはアメリカについての映画なんだ。
ニックと話しながら、僕はこの作品を、これまで映画で観ることのなかったロケーションで撮影したいと思った。たとえばリリアンが、ネオナチの大学教授ローレンス(サイモン・レックス)とピクニックする川とかね。あれはデラウェア川といって、独立戦争中にジョージ・ワシントンが大陸軍を率いて渡った川なんだ。有名な絵もあるくらいなんだけど、誰も映画を撮らないような場所。リリアンはクラシカルな装いで、日傘をさしてボートに乗っている。まるでジャン・ルノワールの『ピクニック』のようだけど、実際はピクニックに行くような川じゃない。だから面白いんだ。
ボルチモアに関しては、映画に登場する時はいつも犯罪絡み。もしくはこの街出身のジョン・ウォーターズの映画とか。ワシントンD.C.も大統領が暗殺されるような映画ばかりで、モールなど生活圏はめったに出てこないし、人々がアイスを食べたりする街としては描かれない。その逆をいくことがインスピレーションの一部だった。
——リリアンはニューヨークなどにも立ち寄りますが、最後に行き着くのはバーモント州。少し意外な終着地でした。
ニックや僕からすると、かなり明確な理由がある。僕らはマサチューセッツ州やニューハンプシャー州など、ニューイングランドがあまり好きじゃない。でも、バーモント州だけは不思議なところで、ヒッピーが住んでいて、リベラルな大学もある。なんとなく、みんなのセーフプレイスのように感じられるんだ。だからニックはここを、イスラムの人たちが安全にコミューンを作れる場所として描いたんだと思う。英語を話せない褐色の肌の男たちが牛乳や卵を買うために街に降りてきたとして、メイン州など他の州なら多少は警戒されるかもしれない。でもバーモント州はリベラルだから、まったく問題ないというわけ。

Text&Edit_Milli Kawaguchi