ティモシー・シャラメがボブ・ディランを演じる伝記映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』。第97回アカデミー賞衣装デザイン賞にノミネートされた本作のコスチュームを手掛けたのが、アリアンヌ・フィリップス(Arianne Phillips)だ。俳優を奮い立たせ、名演へと導くその衣装術とは。
『名もなき者』ティモシー・シャラメをボブ・ディランに変身させた、衣装の秘密
衣装デザイナー アリアンヌ・フィリップスにインタビュー

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アリアンヌ・フィリップス
衣装部門でアカデミー賞に4度ノミネート。映画だけでなく、ファッション誌、演劇、オペラなど多方面で活躍する。マドンナとの協業でも知られ、近年では『ジョーカー: フォリ・ア・ドゥ』(24)の衣装を手掛けた。
©Frank W. Ockenfels III
ただ衣装を着せるわけではない
ストーリーを伝えるファッション
「ティモシー・シャラメをボブ・ディランに見せるためには、彼のエレガントさを抑える工夫が必要だったんです」
華麗な衣装術には、ときに引き算が必要になる。ランウェイモデルさながらの体型をもつティモシーにバギーシルエットを合わせ、背がそれほど高くないボブ・ディランのプロポーションに近づけていく。
「衣装デザインはバランスが何よりも重要で、演者と役柄の間のスイートスポットを探り当てるんです。俳優の意見も大事ですね。実際に着るのは彼らですから。衣装は、役者がキャラクターに入り込む手助けにもなるんです。映画の撮影現場で最も親密な仕事だと思います。服を試着して『これが自分に合う』と感じるのって、すごくパーソナルですよね。試着室では見た目だけじゃなくて、その服がストーリーを伝えられるかどうかもしっかりと一緒に吟味します」
1960年代初頭から中盤にかけて、放浪者から急激にスターダムにのしあがるボブ・ディランを描いた今作。19歳から24歳という青春期におけるボブの心身の変容はファッションにも色濃く反映され、大きく3つのスタイルに分けられる。憧れの歌手ウディ・ガスリーを探してニューヨークにやってきたころは、〈ペンドルトン〉のジャケットやチェックシャツを着たフォークシンガースタイル。次に都会での生活に慣れ自分のスタイルを見つけ始めたころの、〈リーバイス®〉の501とスウェードジャケットの少しスリムなシルエット。そして1965年には、長い髪にタイトなパンツとビートルブーツで、ロンドンのモッズファッションの影響が現れる。
Text_Ko Ueoka