韓国出身のアーティスト、ジャン・コール(Jang Koal)が個展『Solitary Inn』を「NANZUKA UNDERGROUND」にて開催中だ。制作のプロセスや創作意欲の源について、インタビューに答えてくれた。2025年6月21日(土)まで。
韓国出身の画家ジャン・コールが描く女性たちの秘密
韓紙の上に広がる、それぞれの孤独と安らぎ

渋谷のギャラリーに並ぶのは、ソウルのアトリエで制作された新作絵画。近づくと、絵の具の下にざらりとしたテクスチャーが見えてくる。桑を原料とした韓国の伝統的手漉き紙、韓紙(ハンジ)を素材としているためだ。ジャン・コールが今回描き出したのは、架空の宿にそれぞれ滞在する女性たちの姿。鮮やかな色の奥に、登場人物の濃密な内面世界が広がっている。
——本展では、どこかのホテルの部屋にいる女性たちをモチーフにしていますね。このストーリーはどう着想したのでしょうか。
私は毎日同じ時間に同じ窓を前にして作業しているんですが、窓の外には見るたびに異なる風景が広がっています。季節が移り変わり、日常のさまざまな瞬間が積み重なることで、同じ空間であってもまったく違うもののように感じられることがある。
完成した絵には、四角い空間に佇む人物が描かれています。それは静止した一場面かもしれませんが、物語はその中で絶えず流れているのだと、あるとき感じました。そして、それぞれの人物が滞在するその空間を「宿」と表現するのがふさわしいのではないかと思ったのです。
宿は「とどまること」と「立ち去ること」のあいだの、境界に置かれたような場所です。誰かがそこにいた痕跡が残り、別の誰かがまたそこを通り過ぎていきます。私はその宿の一部屋一部屋に、忘れられない記憶や、ひっそりと残っている希望、そして言葉にしがたい感情の余韻を込めたいと思いました。
——ジャンさんにとって、韓紙とはどんな素材なんでしょうか。
韓紙に初めて触れたのは、小学校の書道の時間でした。そのときの体験が記憶に残ったのですが、その後も伝統的な方法もしくは現代的な形で使われている韓紙にたびたび出合いました。
韓紙は、紙の繊維が生きているようで、筆が触れた瞬間に微細な摩擦を感じる。そのおかげで、線をより繊細に、意識的に扱うようになります。何よりも魅力的なのは、絵の具が紙の表面にとどまらずに紙の中へとじんわり染み込むこと。色彩が、深く、しかしほのかに表現されるんです。
——作品では、テクスチャー以外にも、コントラストある色使いがとても印象的です。
制作を始めるときはまず、その作品の雰囲気や感情に合ったトーン(クールトーンかウォームトーンか)を決めます。この選択は、全体の色の流れを構成するうえで重要な基準。
その後のプロセスは柔軟です。最初に色彩の計画を立てていても、全体のバランスを見ながら即興で色を変えることもよくあります。
色のコントラストは、作品に内在する緊張感や感情の濃度を表現するうえで大事な役割を果たします。ときには、たったひとつの色が画面全体の雰囲気を一変させる。私にとって、色とは単なる視覚的要素ではなく、作品の感情を導くひとつの物語なんです。
——作品はどれもストーリーを感じさせるもので、見ていると色々な想像が膨らみます。ジャンさんの中では、明確な設定があるんでしょうか。
『Fade Out Highway』の場合、後方にいる猫はメタファーです。表現したかったのは「未練」。何かを手放さなければならない瞬間に訪れる、ほろ苦くて静かな決意のような感情です。
私の作品は物語のかたちをとっているものの、その物語がいつもはっきりと決まっているわけではありません。ときには、自分でもうまく言葉にできない感情や記憶が絵の中に残っていることもあります。それが絵を見る人の想像の中でも息づいてくれたら、と願っています。
——登場する女性たちも皆キュートで魅力的です。瞳の色がそれぞれ違いますね。
制作においてまず大切にしているのは、全体の色の調和。だからこそ、瞳の色は単なるディテールではなく、絵の雰囲気や色彩の流れを完成させる要素として設定しているんです。ある瞳によって人物の感情を強調し、また別の瞳によって、画面の他の色との間に微妙な緊張感が生み出せます。
——着せる服や髪型にも目を惹かれます。
人物の性格やシーンの空気に合う格好を思い描きながら、インターネットでさまざまな資料を参考にしたりもします。ただし、ファッション的な要素とは捉えていません。服も髪型も、瞳の色と同じように、感情や物語のニュアンスを視覚的に表現するためのものなんです。
——作品には猫もたくさん出てきます。
私自身、2匹の猫と一緒に暮らしています。1匹は黒猫の「ゴヤ(Goya)」、もう1匹はグレーのタキシード猫「トモ(Tomoo)」。私は制作時も休みも家で過ごすことが多くて、猫たちは常に日常に寄り添っているんです。世界の大切な一部。それで、自然と作品にも登場するようになりました。
猫はのんびりとしていて、自立している。穏やかさや静けさを表したいときに猫を描くこともあります。人生のスピードを緩め、小さな瞬間の中に喜びを見出すよう教えてくれる存在ですから。

——ジャンさん自身について教えてください。元々アニメーションの勉強をしていたと伺いましたが、画家になろうと思ったのはどんなきっかけからですか。
ごく幼いころからの夢が、画家になることだったんです。絵を描くことがいちばん自然で楽しかった。アニメーションの専門高校に進学したのも、一般的な高校より絵を描ける時間が多いだろうという期待からでした。
専攻はアニメーションでしたが、その当時もずっと絵の練習をしていて。今の活動の大きな土台となっていると思います。
——では、好きなアニメを3つだけ選ぶとしたら、何を挙げますか。
たくさんあるので3作品だけを選ぶのは簡単ではありません(苦笑)。特別な記憶や感情が残っている作品で言うと、まず1つ目は、宮﨑駿監督の『もののけ姫』。1999年、釜山国際映画祭のオープニング作品として野外上映されたこのアニメーションを初めて観た時のことが、今でも強く印象に残っています。幼い頃に大きなスクリーンで見た初めてのアニメで、特にシシ神が登場する場面は、まるで夢を見ているような、強烈な視覚体験でした。
2つ目は、韓国のアニメーション『土俑の将軍(흙꼭두장군)』です。たまたまテレビで見つけた作品で、物語がだんだんと悲しい展開になっていった記憶が…。スケッチブックを開きながら放送を見て、アニメの世界を自分なりのやり方で描いて追悼した場面が、今でも鮮明に思い出されます。
3つ目は『銀河鉄道999』。この作品は今でもずっと好きで、特にメーテルというキャラクターに惹かれています。メーテルは独立した物語を持つ人物でありながら、作品の中心軸として存在しています。いつもどこかへ向かって列車に乗って旅をしているのに、どこにも留まらない彼女の在り方。アイデンティティを固定せず、絶えず自分を再定義し、再創造していくその姿に魅力を感じます。
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『Solitay Inn』
会期_開催中〜2025年6月21日(土)
会場_NANZUKA UNDERGROUND
住所_東京都渋谷区神宮前3-30-10
時間_11:00〜19:00(日・月休廊)
Tel_03-5422-3877
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Jang Koal
ジャン・コール>>韓国出身。幼い頃より絵に興味を持ち、アニメーションを学んだ後に画家として活動を始める。現在はソウルを拠点に、伝統と現代性を織り交ぜた作品を発表する。
Photo_© Jang Koal. Courtesy of NANZUKA Text_Motoko KUROKI