今回訪ねるのはヴィンテージマンション。苦労も多いけどいいこともたくさん。時代を映した、今ではお目にかかれないデザインに心惹かれます。
ヴィンテージマンションの名作。南国のコンドミニアムのような「泰山館」:東京ケンチク物語vol.13

TAISANKAN

表参道を出て次に向かうヴィンテージマンションは、駒沢公園からも遠くない目黒区の住宅街の一角。長いアプローチの先に現れる「泰山館」だ。ゲートをくぐってまず出合うのは、緑の生い茂る中庭。初夏に香りのいい真っ白な花を咲かせるタイサンボク(泰山木)の大木を中心に、ハナミズキ、ザクロ、イチジク、モミジ……と、100種以上の植物が四季ごとに花を咲かせ、実をつける。建物は、この中庭を取り囲む「コ」の字形。コンクリート打ち放しの構造体に、漆喰の白と手すりや窓枠の無垢木の茶色、レンガの黒が映える3階建ての低層の建物で、木々の中から聞こえてくる鳥の声ともあいまって、どこか南国の小さな村にでも紛れ込んだような印象だ。
渡り廊下。幾何学模様を描く白色のブロックは
ここのために特別につくったもの。
大小34の住戸が入るこのマンションは、1990年の完成だから築30年。元は農地だったという約1
000坪の敷地に集合住宅を建てるため、建築家・泉幸甫とオーナーや知人たちのグループで勉強会を重ね、〝集って住む〟ことの理想を形にしたという。34の住戸が、すべて異なるプランなのは、その理想のひとつだろう。それぞれの部屋の向きや階数に合わせて個別にデザインされていて、下の階には下の階なりの、上の階には上の階なりの魅力があり、自分が住むならどこがいいだろう?と迷ってしまう。たとえば「同じプランだから下の階より上の階がいい」とか、あるいは「この部屋は採光がいいから」だとか……。
ところどころに見つかるモザイクタイルのアクセント。
一般的な集合住宅の部屋を選ぶときに出てきがちな言葉は、「泰山館」にはまったく無縁だ。窓のとり方、つくりつけのキッチンや家具、素材の選び、中庭とのつなげ方……。どの住戸も、家を一軒ずつ考えるように丁寧につくられた集合住宅。長く住み続ける住人が多く、オリジナルが保たれているというのも納得の、建築家とオーナーの愛情あふれるヴィンテージマンションだ。