2021年9月、コロナ禍の閉塞感を一掃するように、オダギリジョーの脚本・演出による『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』は現れた。
11年間行方不明だった若い女性が遺体で発見されたある町を舞台に、事件の解明に乗り出す鑑識課警察犬係の面々の姿を描きながらも、なぜかちっとも真相に辿り着かない。むしろ、脱線にこそドラマがある! 何より新人の警察犬ハンドラー・青葉一平(池松壮亮)と、彼には“人間のおっさんに”しか見えない警察犬・オリバー(オダギリジョー)の脱力感満載なやりとりに魅了された視聴者は多いのではないだろうか。
あれから1年、鑑識課警察犬係の人たちを筆頭に、オールスターによる濃ゆい面子がシーズン2でカムバック。主演の池松壮亮に、本作について、そしてオダギリジョーという人について話を聞いた。
『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』池松壮亮が語るオダギリジョーの創造性。「カオスの美を追い求めてきた人ですから」

──『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』(NHK総合)は、オダギリジョーさんが脚本・演出・編集・出演を兼任するドラマです。シーズン2の放送を前にして改めて思うんですけど、タイトルがユニークですよね。「gosh」という英単語には「やべえ」なんて意味もあるそうですが。
オダギリさんいわく、最初は「カタカナとひらがなと英語を全部使いたい」、そういう理由だったと聞いています。真面目に不真面目をやってるというか、表現者としても “カオスの美”みたいなものを追い求めてきた人だと思います。混沌としたこの世界にあえて、カオスを笑いという抵抗に包んで抱擁するような世界観の作品を創り上げるのは、まさにオダギリさんらしいと感じました。そして、表現に対してものすごく誠実であること。オダギリさんが持つ表現への愛情には、揺るぎない強さがあります。だから俳優はみんな、声が掛かると作品に出たくなってしまうのではないでしょうか。
──シーズン2では、写真家としても有名な市橋織江さんをカメラマンに選んだり、鋭い映像センスがありますよね。
そうですね。その見極めとセンス、独自性に惹かれます。映画監督としては、2019年に『ある船頭の話』を発表していますけど、このドラマとのギャップが激しくて。その落差を自覚して楽しんでいるし、それこそがエンタテインメントだと思っているところがある方なんじゃないかと思います。人を驚かせること、笑ってもらうこと、くだらないと思ってもらうこと。まるで言語化できないし、つまりなんというか、goshな人です(笑)。
──本作で池松さんは、狭間県警・鑑識課警察犬係に赴任したばかりの主人公・青葉一平を演じています。シーズン1では、一平は職場の上司・漆原冴子(麻生久美子)の超マイペースな言動に若干引き気味の対応をしていました。でもシーズン2では、すっかり漆原さん色に染まってきていて。
シーズン1〜2までで、物語の設定上は10日間しか経っていないんですけど、シーズン1の撮影・放送からは1年ほど経っています。その間に、世の中に対しても個人においても大きな変化を感じました。ですから僕自身、1年ぶりに再会する一平という役に対しても、せっかくなら人生にどこか変化を付けたいと思いました。
前シーズンでは一平のことを、オダギリさん演じる警察犬・オリバーとペアを組んでしまった新米ハンドラーとして、鼻息荒く頑張っているのに周囲に振り回されてしまう、主観的な立ち位置のキャラクターだと捉えていました。今シーズンでは、一平自身も停滞してボーッとしている。それは漆原化し始めているのか、あるいはオリバー化し始めているのか。一平をより客観的な立ち位置に持っていって、作品世界に馴染んでいるようにできたらいいなと思ってました。
──オダギリさんはどんな演出家ですか?
基本的に俳優の好き勝手にやらせてくれます。オダギリさん自身が、自主性が強い俳優さんですからね。それぞれの持ち場でのびのびと遊べる俳優たちを呼んでいる意識があると思います。
でも唯一、漆原役の麻生さんにだけは手取り足取り、演出するんですよ。二人して、ずっと楽しそうにリハーサルをしてます(笑)。
──それはなぜでしょう?
きっと同級生や同志みたいな関係なんだと思います。麻生さんも含め、遊ぶこと・遊ばれることを心地よく楽しんでる大人たちが集まっています。オダギリさんに対する、作品に対する、それだけの信頼関係があってこその戯れです。
──あとはオダギリさんの中で、漆原さんというキャラクターについてかなり明確なビジョンがあるとか?
ありますね、明確かどうかは分かりませんが(笑)。とにかくこの物語においての役割の重要性は考えていると思いますし、麻生さんも必死にそれに応えようとしていました。
第5話の冒頭で、一平と漆原さんの「え?」「え?」「え?」…………という一言だけのやりとりが延々と続くシーンがあるんです。驚きましたね。たとえ思い付いても脚本に書きますか?(笑) ト書きには、「全6話で最も山場となるシーンだろう。麻生さんと池松さん、頑張ってください」みたいなことが書いてありました。体感的には、いつになったら終わるんだ?というくらい長くて大変でチャレンジングでした。そういうギリギリの攻めた遊びを、それはそれは細かくやってます。現場からの帰り道でふと、一体自分は今何をやっているんだろう?と考えていました(笑)。
──シーズン1では、11年前に失踪した北條かすみ(玉城ティナ)が遺体で発見された事件の真相は、謎のままに終わりました。シーズン2で、警察犬係の面々はようやく黒幕に近付いていきます。
前シーズンでは、オダギリさんがコロナ禍において自分が表現者として何をやるべきか考え尽くし、あのお祭りのようなラストシーンに行き着いたと思います。オダギリさんらしいですよね。他に誰も、2021年にああいう方法論は選べなかったと思います。一方で今シーズンに関して言うと、もう物語自体が停滞を楽しんでいる。喜んでいるわけじゃないけど、自ら笑っている感じ。そういうテイストを脚本から感じました。そして何より、寄り道・停滞しながら、一度この物語にエンドマークをつけることが、今回のシーズン2だったかなと思います。次から次に出てくる、強烈な個性を放つ登場人物たちがみな、それぞれ事件の真相に何かしらの影響を及ぼし合いながら、いよいよ解決へと向かっていきます。
──池松さん自身がシーズン2で、特に面白かったのはどこですか?
たくさんありますけど、お気に入りは松田(龍平&翔太)兄弟の共演シーン。同じ作品に出るのは初めてらしいんですけど、二人でキッチンカーでテキーラの話してるだけって、意味分かんないですよね(笑)。大好きなシーンの一つです。
──永瀬正敏さん演じる元警察犬係のフリー記者・溝口のエピソードには、永瀬さん主演の伝説的ドラマ『濱マイク』がオーバーラップして。好きな人ならついニヤッと笑ってしまいますよね。
そうですよね。溝口パートの随所に『濱マイク』の要素が取り入れられていますが、今回とある車の運転シーンの撮影では、永瀬さんが『濱マイク』の劇中で使ったサングラスを自ら持ち込み、着けていたそうなんです。そのことを先日ご本人から聞いて、とても興奮しました。
──一平のベストショットはどこですか?
今回はそうですね、やっぱり、漆原さんとの「え?」の応酬ですかね。あとは第6話で、ジョン・レノンの『Power to the People』を歌うシーン。オダギリさんと飲んでるとき、あのシーンを書いたきっかけを教えてもらったんです。オダギリさんが連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の撮影で大阪に暮らしていたときのことですが、ある日、NHKからホテルまで歩いて帰っていたんですって。撮影も終盤、『オリバー』シーズン2の準備にも追われ、脚本の締切も間近。心身ともに疲れきって歩いていたそのとき、自分の足音のリズムが『Power to the People』に聴こえてきて、頭から離れなくなってしまったそうです。そこからそのまま『Power to the People』を繰り返し口ずさんでいたら、少し気分も上向きになり、ホテルに着いて。すぐ脚本に取り込んで。そうやってあの名シーンが生まれたそうです(笑)。
──ときどき、「池松さん、本気で笑いをこらえてないか?」という瞬間もあります。
ありますよ。でも厳密に言えば、僕は脚本としてあらかじめ一部始終を読んでいますし、テストや段取りでも事前に見ているので、ホントの初見の笑いとは違ったりします。リアリティとフィクションの狭間というのか。俳優が演技を超えて実際に笑ってしまっている場面って、視聴者として観ると面白いじゃないですか。楽しそうだし。ハプニングはみんな好きだと思います。でも、自分としてはそういうところに頼りたくなくて。役柄を超えて内々で盛り上がっているものを、あまり良しとしたくないというか。とはいえ、現場で発生した生っぽいものは優先したいですし、それぞれの物語上・役柄上の、最もシンプルなその場の感情・反応が重要だと思っています。そういう俳優としての品位みたいなものを保った上で、とことん遊ばせてもらえる現場でした。オダギリさんとも、割とお互いそういうチューニングを大切にしていた気がします。
──池松さんは、石井裕也監督の『アジアの天使』(21)でオダギリさんと兄弟役を演じました。その2020年に行われた撮影中、すでにこのドラマの企画について聞いていたとのこと。そこから2年経った今、改めてオダギリジョーという人は池松さんにとってどんな存在ですか?
監督として、俳優として、人として、創作の相手として、人生の先輩として、心から信頼できる方です。そしてやっぱり、goshな人です。
──シーズン1ではギャラクシー賞月間賞も受賞し、SNSでも大盛り上がりでした。これが民放ならすぐにでも映画化という話になりそうですが……?
フフフ。どうなるんでしょう(笑)。登場人物たちの人生は進んでゆくでしょうから、その後のみんながどうなったのか、その話はまた、機会があれば。折を見て。
ドラマ10
『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』
シーズン2
鑑識課警察犬係に所属する警察官で、この物語の主人公である青葉一平(池松壮亮)と、彼の相棒である警察犬オリバーは次々と発生する不可解な事件に挑んでいくのだが、そこには様々な思惑が入り乱れ……。2021年に初放送されギャラクシー賞を受賞した、オダギリジョーの脚本・演出・編集・出演による、不条理サスペンスドラマのシーズン2。
脚本・演出・編集・出演: オダギリジョー
出演: 池松壮亮、オダギリジョー、永瀬正敏、麻生久美子、本田翼、岡山天音、玉城ティナ、くっきー!(野性爆弾)/永山瑛太/川島鈴遥、佐藤緋美、浅川梨奈/染谷将太/仲野太賀/村上虹郎、佐久間由衣、寛一郎、千原せいじ(千原兄弟)、河本準一(次長課長)/高良健吾/坂井真紀、葛山信吾、火野正平、竹内都子、村上淳、嶋田久作、甲本雅裕、鈴木慶一/國村隼/細野晴臣、香椎由宇、渋川清彦、我修院達也、宇野祥平/松たか子/黒木華/浜辺美波/濱田マリ、シシド・カフカ、河合優実、佐藤玲/風吹ジュン/松田龍平、松田翔太/松重豊、柄本明、橋爪功、佐藤浩市 ほか
(※葛山信吾さんの「葛」の下の「人」は正式には「ヒ」)
【放送予定】5話9月27日(火)・6話10月4日(火)午後10:00-10:45(NHK総合)
<再放送>5話10月4日(火)・6話11日(火)午後3:10-3:55(NHK総合)
※シーズン1(1〜3話)・シーズン2(4〜6話)全エピソードをNHKプラスでも配信します。
©NHK
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池松壮亮
1990年生まれ、福岡県出身。『ラスト サムライ』(03)で映画デビュー。2014年には、『ぼくたちの家族』、『紙の月』で第57回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞するなど、各賞で高く評価される。その後も第9回TAMA映画賞最優秀男優賞、第33回高崎映画祭最優秀主演男優賞、第93回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、第32回日刊スポーツ映画大賞主演男優賞、第41回ヨコハマ映画祭主演男優賞など多数の映画賞を受賞。近年の主な出演作に『劇場版MOZU』(15)、『海よりもまだ深く』、『セトウツミ』、『永い言い訳』 (16)、『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17)、『万引き家族』、『斬、』(18)、『よこがお』、『宮本から君へ』(19)、『アジアの天使』(21)、『ちょっと思い出しただけ』(22)など多数。待機作として、主演を務める『シン・仮面ライダー』(2023年公開予定)がある。
Photo: Norberto Ruben Hair&Makeup: FUJIU JIMI Text: Yuka Kimbara Edit: Milli Kawaguchi