しばらく袖を通していなくても、使い込んでボロボロになっても 時が経っても手放せずにいる、思い出が詰まった大切なもの。 今につながるストーリーとともに紹介する。
🤓COLUMN
書家・鎌村和貴の「捨てられない宝物」
デザイナーとしての 決意を込めた丸メガネ

デザイナーとしての 決意を込めた丸メガネ
書の表現者・鎌村和貴さんの社会人のスタートは、資生堂の宣伝部だった。
「その頃の僕は少し背伸びをしていて、大企業のデザイナーになった緊張感や、何事もうまくやらないといけないという真面目な性格から、〝きちんとした新入社員〟になろうとしていたのです。春が終わって梅雨に入る頃。会社のある銀座を歩いていたら、小さなメガネ屋さんがあり、この華奢な一本を見つけました。ひと目惚れでした」
葛藤を抱える日々の中で偶然出合った美しいメガネ。とても軽くてつけ心地がよいのに、かけると気持ちが強くなるような〝スイッチが入る〟感覚を、今でも記憶しているという。
「現在文字を書くアーティストとして活動していますが、当時うまくいかないことに悩んだ経験は、今の自分になるために必要だったと思い出せさせてくれるものでもあります」 繊細で丸い黒のフレームには、よく見ると小さな傷が多数ある。
「10年経てメッキも剝げてきました。その傷こそ、僕がこのメガネと歩んできた時間の痕跡。修理をしながら長く付き合っていきたいと思います」
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鎌村和貴
かまむら・かずき
1985年徳島県生まれ。書家。資生堂のデザイナーを経て、2019年に秩父へ拠点を移すとともに独立。文字を中心として、イラストやグラフィックデザインなどの制作をしている。
Photo:Kiyotaka Hamamura Text:GINZA