名建築が一日でも長く生き延びることは、都市にとって大きな財産になる。築90年を目前にした日本のモダニズム住宅の傑作が、青山の街並みに復活しました。
日本のモダニズム住宅の傑作が青山に復活「土浦亀城邸」
東京ケンチク物語 vol.64
土浦亀城邸
Tsuchiura Kameki House
建築を生きながらえさせるのは、実はかなり骨の折れることだ。あちこちの老朽化を根気よく手直しすることはもちろん、日本ならば耐震性能のアップデートも必要。どんなに“名作”とされていても、維持管理のコストが嵩んで断念せざるを得なかったり、持ち主が変わってあっけなく取り壊されてしまったりといったケースは珍しくない。1935年に完成し、今春青山に復原・移築がなされた「土浦亀城邸」は、とても幸福な作品だ。1897年生まれの土浦亀城は、かつての「帝国ホテル」の設計でよく知られるフランク・ロイド・ライトに師事した建築家。大学卒業後の1923年に妻・信子と渡米し、2年半にわたってこのアメリカ近代建築の巨匠の薫陶を受けて帰国する。そこから10年ほどの後に実現した夫妻の自邸が、この住宅だ。
建物は、お豆腐のようなシンプルな白い箱型の外観。20坪ほどと小ぶりながら、中へと入ると空間が豊かに展開していくことに驚かされる。地下1階、地上2階建てで、タイル敷きの玄関からの階段を7段上がったところに、2層吹き抜けで大きな窓から太陽の光が注ぐ開放的なリビングと、天井高を抑えたダイニング。そこから9段上がった場所に居間を見下ろす中2階が設えられていて、さらに5段上がった先に、2階の寝室や書斎、トイレというつくり。それぞれの空間の天井高が異なり、位置もサイズも異なる窓が切り取られているから、変化の連続なのだ。ライトはもちろんのこと、ドイツのバウハウスや、フランスの巨匠コルビュジエの影響をうかがわせる部分もある。同時代の建築シーンを席巻したモダニズムを、日本ならではの形に昇華させた木造の住まいだ。
文化的価値も高いこの住宅、夫妻の没後、二人の秘書を務めていた女性が長く大切に住み続けてきたが、一時は解体も危ぶまれたという。それが今年3月に完成したポーラ青山ビルディングの敷地内に移築されたのは大きなニュースだ。建築家・安田幸一らによって丁寧な考証が行われ、細部に至るまでの素材や、テキスタイルなども完成当初の状態が忠実に復原されている。一世紀を前に新しい命を得た住まいは、ここからさらにどんな物語を紡いでいくだろうか。
Illustration_Hattaro Shinano Text_Sawako Akune Edit_Kazumi Yamamoto