昭和の喫茶店を紹介しつつ、その店をイメージして聴きたくなる80年代の名曲を80s好きライターの水原空気がレコメンド。Vol.16は4年ぶりに復活オープンした中延「ニュープリンス」で、見目麗しい「昭和プリン」をご紹介。旧荏原区の下町の雰囲気をたっぷり残す中延の街で、贅を尽くした喫茶建築と共に堪能あれ!
前回訪れたのは浅草橋「ゆうらく」
昭和の喫茶店を紹介しつつ、その店をイメージして聴きたくなる80年代の名曲を80s好きライターの水原空気がレコメンド。Vol.16は4年ぶりに復活オープンした中延「ニュープリンス」で、見目麗しい「昭和プリン」をご紹介。旧荏原区の下町の雰囲気をたっぷり残す中延の街で、贅を尽くした喫茶建築と共に堪能あれ!
前回訪れたのは浅草橋「ゆうらく」
中延「ニュープリンス」
「ニュープリンス」がオープンしたのは1964年、前の東京五輪が開催された年だ。都営浅草線の中延駅が開業したのが4年後。中延駅近辺は戦前に「荏原区」と呼ばれ、品川区西部の下町の空気感を残す場所。「ニュープリンス」はそのランドマークであり、60年代の活況だった東京の勢いを伝える貴重な存在でもある。事情により近年休業していたが、今年初めに現オーナーのお父上である初代オーナーが急逝。後を追うようにお母様、お姉様も亡くなられ、失意の中、遺志を継ぐべく現オーナーが一念発起、復活させたのが現在のお店なのである。再開は2022年3月26日。4年ぶりの「営業中」の掛け札に、常連を含め街の人たちも歓喜した。と言っても店内の雰囲気は以前と全く同じ。自家焙煎のコーヒーもメニューも昔のままだ。
店内の装飾は、全てオープン当初に初代オーナー自ら設計したもの。天井や鴨居の飾り、レンガ一つにいたるまで、こだわりを感じる。 当時の金額で2000万円ほどかけて店作りをしたそうだが、現在の貨幣価値に換算するといったい何円になるのだろう!?
プリンの器も昔のまま。脚の長さや年季の入った艶感が昭和の「喫茶店らしさ」を存分に放つ。アメリカンのカップも内側のさりげないブルーのラインが可愛いらしい。
人気のメニューは、ちょっぴり硬めの通称「昭和プリン」。缶詰のサクランボとクリームが絶妙なバランスで、昭和の美意識たっぷりのフォルムに思わず見惚れてしまう。自家焙煎のコーヒーは、深みのある香り高き一杯。深煎りの豆を一杯ずつハンドドリップ。ミックスサンドやカレーなど喫茶店の定番もニューに並ぶ。
都営線と大井町線が交差する中延の町は、懐かしい私鉄沿線の雰囲気がたっぷり。すぐ近くにはアーケードが可愛い中延商店街も。ぜひ立ち寄りたい。
この店の帰り道に聴きたい80年代の名曲
『虹の彼方に』
美空ひばり
今回のおすすめは美空ひばりさんの『虹の彼方に』。80年代の録音じゃないけど、ひばりさんが亡くなられた1989年は昭和から平成に元号が変わった年。当時は一つの時代が終わったと言われたもの。現オーナーのお姉さんが大ファンだったので、店のそこかしこにCDやポスターが飾られ曲が流れる。中でも、ひばりさんが残したジャズアルバムは伝説的で、難解なメロディや英語も耳で一瞬で覚えて歌ったというからすごい。壮大なオーケストレーションとともに響くアルトが、深煎りのコーヒーとマッチする。
水原空気のひとこと
オリジナルの『虹の彼方に』が主題歌だった映画『オズの魔法使』は、1939年の全米公開。個人的な記憶だが、90年代にアメリカの映画館でクリスマス・イブに同作を観たとき、会場にいる若者全員が一斉に歓声を上げ、セリフを真似ることに感動した。日本人があんな風に騒ぎながら古典を楽しむことはないが、古き良き喫茶店で静かに同じ時間を過ごす心持ちは、あの感覚に近いのかも。喫茶店は、誰しもに共通する記憶を呼び覚ます。オーナーたちが交わす昔話に耳を傾ければ、懐かしい東京の景色が眼前に浮かぶはず。
80年代好きライター。夏の扉を開け秘密の花園へ時をかける探偵物語。GINZAウェブ「松田聖子の80年代伝説」でインタビュアーも。