あれさえあれば。頼みの綱にしている食材は、ひとそれぞれ違うだろう。
「あたしはチョコレートさえあれば」。優雅に微笑んで断言した若いお嬢さんがいる。ショボいことは言わないわよ、と身をかわしたのはわかったし、振り切った生活感のなさがちょっぴりうらやましくもあった。フランス人の友だちは、予想通り「赤ワインとチーズとバゲット」。
私の場合は、「油揚げさえあれば」。もう何年も言い続けているけれど、その思いは変わらない。油揚げさえあればなんとでもなる、なんとかしてくれる。
まず、油揚げの魅力は、そのまま焼いたり焙ったりするだけでいっぱしのひと皿になるところ。両面をこんがりきつね色に焼き、醤油をちゅっと垂らせば、それでもう。おろし生姜なんか添えたら上等です。焼きたての熱いところに包丁を当て、ざくざく短冊に切ったのを箸でつまんでいると、ほっと安心してなごむ。安上がり。
甘辛く煮た油揚げにも、ずっと助けられてきた。四角も三角でも短冊でも、気の向くまま二枚ほど切って小鍋に入れ、醤油と酒とみりん(ときどき砂糖)と水を加えて、ことこと煮るだけ。私にとって「これさえあれば」の一番手だから、冷蔵庫に欠かさない。多めに煮ておき、煮ものの鍋に入れたり、うどんやそうめんの具にしたり、刻んだのをごはんにのせて海苔と七味唐辛子をかければ簡単きつね丼。弁当のおかずにもなるし、空腹の虫を黙らせたいときはそのままつまんだり。頼り切っているので、どかんと四枚まとめて煮ることもある。日持ちもするし。
これにひと手間加えたバージョンがあります。
名前は、あぶたま。
なにやら呪文のようだけれど、あぶ→油揚げ、たま→卵。煮卵入り油揚げの甘辛煮というわけです。
【材料】
油揚げ(厚めのもの)2枚
卵4個
醤油・みりん各大さじ1 1/2
水1カップ
【つくり方】
①油揚げ2枚をそれぞれ半分に切り、内側を開いて4個の袋にする。
②卵を小さな容器に割り入れ、4個の袋それぞれに全卵1個をつるりと容れて、楊枝で口を閉じる。
③小鍋に❷の4個を立てて入れ、調味料(甘めが好みなら砂糖も少し)と水を加える。
④鍋にふたをして、強めの中火で15分ほど煮る。
⑤爪楊枝をはずし、縦半分に切る。
温かくても、冷めても、どちらも遜色のないおいしさ。考えてみたら、卵も「あれさえあれば」の代表格なのだから、あぶたまは無敵。
油揚げへの愛をこめて、油揚げのことだけ綴った文庫本を三月初旬に上梓しました。書名は『おあげさん 油揚げ365日』(文春文庫)。油揚げは「小さな料理 大きな味」のシンボルのように思っている。