「制作中に噛むガムはフルーツ味だったり、強烈なミント味だったり。子どもたちがまだ噛めないのに欲しがって買ったものだから、味がバラバラなんです」。そう笑いながら話すのは、東京で個展『Remember That Time When What』を開催中のジュリア・チャンさん。展示されている抽象画にはあらゆる色と形が躍動し、観ているだけで心がはずむ。身の回りから着想を得るという、その作品作りについて聞いた。
ジュリア・チャンがアートで問い続ける「想像上の境界線」
個展『Remember That Time When What』インタビュー

──ジュリアさんの絵画作品といえば、花びらのようなマークの群れが特徴的です。それぞれどのように描いているんでしょうか?
手描きしています。
──版画やステンシルみたいな方法ではなく?
はい。
──こうして直接作品を前にしても、迷いなく正確に描かれているように見えるので、びっくりしました。
自分としては、よく見れば一つ一つみんな違うし、細かなミスも結構あるんです。でもそれって自然なことですよね。人間の手は完璧じゃないから。
──構図や配色は手を動かしながら考えていくんでしょうか? それともある程度はイメージしてから描き始めますか?
事前にざっくりしたアイデアはあります。たとえば、圧がかかったような濃密な感じとか、余白のある開放的な感じとか、そのイメージをもとに描き進めます。厳密にフローが決まっているわけじゃないけど、たとえば絵の具を注いで、一つの形ができたとします。すると、その形が何かにぶつかりたいと感じているように思える。それで、周りに別の色や、時には同じ色を注いでみたりして、新しくどんな形が生まれるかを観察するんです。すべてのステップが、次にどうするかの判断につながっていきます。

──たとえば、今ジュリアさんの後ろにあるこの大きな絵だったらどのように?
ライトイエローを全体に注ぐところから始めました。次にオレンジを加えて、あの形が生まれ、それからピンクでオレンジを挟み込むことにしました。これが私のやり方です。もし形同士のつながり方が気に入らなければ、さらに他のフォルムをつなげて、境界線を変えることもあります。
──色使いも素敵です。
私が使う色はたとえ人工的に見えても、ほとんどの場合、自然からインスパイアされているんです。まず「人体」。色にフォーカスし始めた頃、絵に血液の色を取り入れたところ、その色味を暗く感じた人もいたようです。でも実際、血液には青、紫、黒、赤と、あらゆるスペクトルがあって。それから「生きもの」。鳥、ヘビ、花、カエル……。鮮やかな色合いが無限に広がります。
──ちなみに先ほどの絵画のタイトルは?
『Excuse Me』です。この絵を描いている時、小さなマークと大きなフォルムのさまざまな動きが、まるで人々の気持ちのようだと感じたんです。どのパーツもどの色も、注目を一心に集めようと競い合っている。必ずしも同じスペースをめぐり争っているわけではなく、とにかくあらゆる形、あらゆる色が目を配ってもらいたいと思っているというか。
──さまざまなパーツが「ちょっと失礼(Excuse me)」と言いながら、押し合いへし合いしているイメージなんですね。
その状態ってある意味、“自然”とつながっているような気がしていて。動物も人間も時として、同じスペースを奪い合うものだし、私たちの体内にある器官もそうですよね。ぶつかり合うことで、あるものは淘汰され、あるものはその場にとどまる。どうやってそのすべてをフィットさせるかという感覚で描きました。
──作品や展示のタイトルがいつも興味深いです。
時にはあえてちょっとふざけたタイトルをつけたりするんだけど(笑)、基本的にオープンであることは心がけています。読む人ごとに違う意味に受け取れるようなフレーズが理想です。
Photo: Satomi Yamauchi Edit&Text: Milli Kawaguchi