今回訪ねるのはヴィンテージマンション。苦労も多いけどいいこともたくさん。時代を映した、今ではお目にかかれないデザインに心惹かれます。
築55年!建築好きが憧れるヴィンテージマンション「コープオリンピア」:東京ケンチク物語vol.12

CO-OP OLYMPIA

時計、家具、クルマ、ブランドのバッグやジュエリー、着物……。最新の物もいいけれど、〝古いからこそいい〟っていう物も、身の回りにけっこう見つからないだろうか?丁寧に、高いクォリティでつくられたものは、時間が経っても価値を失わない(どころか上がることもある)。住宅の場合もそれは同じ。最新のタワーマンションに憧れるとか、ハイスペックな設備の整ったマンションが便利で好きだとか。一般的な価値観の一方で、住宅の目利きやクリエイターたちを強く惹きつける選択肢がある。それが「ヴィンテージマンション」だ。築年数などに明確な定義はないけれど、「ヴィンテージマンション」はまず、古い。不動産の物件情報で〝築浅〟と書かれることは決してない。築10年なんてまだまだ序の口。30年、はたまた50年超えという物件だって少なくない。
初めに訪ねる「コープオリンピア」も、建築好きが憧れるヴィンテージマンションのひとつだ。原宿駅のすぐそば、表参道の入り口の角地に建つこの建物、1965年の完成だから築55年(!)。地下1階、地上8階の建物内には160あまりの住戸が入り、30㎡程度の小ぶりの住戸から、200㎡超えの大型住戸までサイズもさまざま、プランも多様だ。販売当時には、最高分譲価格が1億円を突破して、日本の〝億ション〟第1号といわれることもあるここは、いわば高級マンションの先がけだ。エントランスを抜けた先にフロントが控えていて住人にさまざまなサービスを提供してくれたり、各階に投函用のポストがあったり。ディテールはどれも60年代らしいレトロなテイストながら、グレードの高さがそこかしこに感じられる。
ファッションブランド〈YAECA〉は、昨年の秋にオフィスとプレスルームをこのマンションに移転した。実は〈YAECA〉、移転前のオフィスもいわゆるヴィンテージマンションの一室だったが、その建物が取り壊しとなり、新たに探してここに決めたのだそう。「特段ヴィンテージマンションで探していたわけではないんです」と、クリエイティブ・ディレクター&デザイナーの服部哲弘さんと、デザイナーの井出恭子さんが話す。
シックな赤い絨毯を敷きつめた廊下を通って各住戸へ。
「でも運よくこの物件が出ていて、即決でした。人混みが苦手だし、人の多い原宿に移転するのは少し不安だったけれど、建物の中に入るととても静かで落ち着いた空気感。駅にも近く、明治神宮から連なる自然の豊かさも魅力です。〝参道〟なだけあって気がいいとも感じます。早い時代にいい場所に建てられているという立地のよさは、多くのヴィンテージマンションの利点のひとつだと思います」
表参道側にある部屋はメゾネット形式で、下階がオフィスとキッチン、上階がサンプルルームやミーティングルームという構成。床を一部張り替えたり、古くなっていた壁紙を白い漆喰に塗り替えたりといった手直しを数カ所入れた以外、プラン自体はほぼ変えずに、元は住居だった場所をオフィスに生まれ変わらせている。外観のギザギザとした形に沿ってつくりつけた下階のデスクは、参道のケヤキ並木が見下ろせて仕事が捗りそうだし、落ち着いた白で統一された空間のなかに和室が残っているのも居心地がいい。
表参道の並木を見下ろす窓に沿ってつくりつけたデスク。
さらにこのプレスルームの大きな特徴が、シーズンのサンプルを収める大容量のウォークインクローゼット。ハンガーはもちろん、スライド式のベルトかけや大小の棚が細かにつくりつけられていて、さすがはファッションブランド……と思いきや、元からここにあったものなのだそう。井出さんが話す。
フロントとつながるレトロな黒電話。
「ある女優さんが建設当初から長く暮らしていた住戸だそうです。ウォークインクローゼットは大量の衣装を収めるため、和室は着付けのために、その方が注文されたディテールが私たちの使い方にも合っている。シーズンのコレクションがほぼ収まるので、そのまま使っています」。この建物の中に入ってみてわかるのは、とにかくつくりが丁寧なこと。カーブを描く階段の手すりや引き出しなどの取っ手……。細部まで気配りの行き届いたデザインと、大切に使い込まれた様子に心を打たれてしまう。
〈YAECA〉のオフィス内の階段の手すり。
美しいディテールはすべて残して使う。
「長い時間残っている建物だけあって、住人や管理組合が、愛情を持って建物を維持してきているのがわかる。それがとてもいいですね」と服部さん。
「ここは60年代の建物で、機能を追求しながら遊び心もある日本のモダニズムらしいデザインがきっちりと残っている。日本のマンションで築100年を超える建物はまずないけれど、欧米ではまったく普通にあるし、皆そこにいきいきと住んでいる。ずっとその場所にある象徴的な建物がどんどんなくなってしまう今の日本の状況って果たしていいのかな?と思ってしまいます」
館内放送のためのスピーカー。
確かにこの建物は、完全に表参道の景色の一部。ダークブラウンのレンガが貼られた低層の建物。太陽の光を求めるように各室の窓がギザギザと外に飛び出して、控えめだけど個性たっぷりの外観は、今ではなかなか見つからない。
「セントラルヒーティングで、室内が少し暑くなりすぎても調整できなかったりと、古くて不便なことがないわけではない。でもここにいると、時間が経ったものだけがもつ価値があるなと感じるんです。歴史は買うことができないものなんですよね」
陽のあたる和室に置いたモダンな座布団でくつろぐ
服部哲弘さんと井出恭子さん。
普遍的なよさを持ったものを長く愛し続ける姿勢は、流行にとらわれない〈YAECA〉のものづくりにどこか通じるところがあるようにも思える。使い手と部屋とがしっくりとなじむのは、いい住宅の条件なのかもな……。そんなことを感じさせる表参道の一隅、たっぷりと光の入る静かなオフィスだ。