屋根の上を子どもたちが駆け回る様子に、見ているこちらまで楽しくなってくる幼稚園。五感をフルに使って過ごしながら心身を育む、大きな巣のような一軒です。
五感をフルに使い心身を育む、大きな巣のような一軒「ふじようちえん」
東京ケンチク物語 vol.48
ふじようちえん
FUJI KINDERGARTEN
東京西部の中核的な存在として発展してきた立川市。緑豊かな土地柄ながら、各地へのアクセスもよく、駅周辺には大型の商業施設もある。人口もじわじわと増加する住みやすいこの町を、ある面で確実に支えている幼稚園がある。昭和記念公園にもほど近い大通り沿いに建つ「ふじようちえん」。1971年の設立以来、多くの子どもたちの心身を育み、両親世代の忙しい日々の味方であり続けてきた場所だ。
前園舎の老朽化に伴って、2007年に新たな園舎を設計したのは手塚貴晴・由比による手塚建築研究所。以前の建物が持っていた動線の回遊性やおおらかさを活かしたいと生み出したのは、想像を超える大胆なプランだ。平屋建ての建物は、敷地いっぱいにフリーハンドで描いた輪っかのような形。1周すると約200mになるこの輪っかの上部分が屋上デッキで、下部分が保育室という、シンプルながらほかでは見たこともない建築なのだ。家具だけで緩やかに仕切られた一室空間の内部も見ものだが、大きな特徴はなんといっても屋上デッキ。輪っかの内側部分の園庭と同様に遊び場になっていて、自由時間になると大勢の子どもたちがあちこちの階段から上ってきては、元気にぐるぐると走り回る。敷地に元からあったケヤキの大木をそのままに残して、建物に取り込んでいるのも面白い!天井をくりぬいて建物を貫通したケヤキの周囲には頑丈なネットが張られているから、屋根の上にいる子どもも、安全に木に触れて遊ぶことができる。さらには、屋根から園庭へ下りる動線として滑り台が用意されていることも、縦方向の雨樋をつけず、雨水が1カ所から滝のように流れ落ちる仕組みにしてあるのも、園児のための建物ならではだ。雨が降れば雨を楽しみ、風が吹く日には風を謳歌する……。いわゆる遊具はほぼないというのに、数えきれないほどの遊び方と、そこからくる“気づきと成長”のきっかけに満ちた場だ。昔むかし、両親や祖父母の世代が野山で育った環境はこんな感じだったのかな?とすら思わせる「ふじようちえん」。自由に健やかに子どもを育むおおらかな園の教育方針を、建築が力強く後押ししている。
Illustration_Hattaro Shinano Text_Sawako Akune Edit_Kazumi Yamamoto