『ソラニン』『おやすみプンプン』などで知られる漫画家・浅野いにおが、思春期の繊細で残酷な「恋」と「性」を描いた漫画『うみべの女の子』が映画化された。14歳の少女・佐藤小梅が、好きという感情以前に身体を重ねる、内向的な少年・磯辺恵介をリアリティをもって演じたのは、映画、ドラマなどで引っ張りだこのアップカミングな実力派若手俳優・青木柚。現在20歳の彼が、「絶対に自分がやらなきゃいけない」と思ったという本作についての思いを語ってくれた。
映画『うみべの女の子』青木柚インタビュー。「身に覚えがある感情が描かれた作品で演じたい」
──原作の漫画に登場する少年・磯辺とビジュアルが似ていることが、映画『うみべの女の子』の配役の決め手となったそうですが、ご自身では似ているなと思いました?
オーディションで、浅野さん、ウエダアツシ監督、プロデューサーさんと雑談をしたりして、「似ている」と言っていただいたのは嬉しかったです。当時は今と違ってもっさりとした髪型だったこともありましたし、親にも漫画を見せたら、鼻がちょっと上を向いている感じや、目がぱっちりではなくて一重で垂れ目なところなど、特徴が似てるかもしれないとは言われました。
──同世代にも強い影響を与えている原作だと思うのですが、漫画についてはどんな印象がありましたか?
浅野いにおさんも漫画の『うみべの女の子』も以前から知ってて、オーディションの前に読んだんですが、一言では表せないような、触れたら壊れてしまうような、思春期特有のヒリヒリするような感覚をこんなにもリアルに描けるなんてすごい漫画だなという印象がありました。現実にも置き換えられるような生々しさが漂っていて。ロケーションもそうですが、原作に出てくる音楽だったり、漫画だったりが、今の時代にも通じるカルチャーにあふれていて映画的だなと。映像で観たいと思いました。
衣装:ストライプシャツ、シューズ(共にKESHIKI) パンツ(CORD)
──磯辺はやや達観した14歳ですが、青木さんは14歳の頃、どんな子だったのでしょうか?
普通の中学生で、何も考えてなかったです。自ら演技の仕事をしたいと親に頼み込んだものの、それこそ思春期の抑えられない衝動のような部分がまだ友達と遊びたいという気持ちに向いていたというか。特にそのときは将来ずっと演技をやっていくとまでは決意していなかったこともあって、何も考えずにただ溢れ出るエネルギーを発散して食べて寝る、本当にその繰り返し。だから、磯辺みたいに他人や自分について考える行為自体していなかったですね。磯辺は言葉を伝えることはうまくはないけど、自分の嫌なものや好きなものを具体的にわかっている男の子なので、そういった意味では自分が14歳の頃よりも精神年齢が高いなと思います。
──もしかしたら、14歳よりも20歳の今の青木さんのほうが共感できたりするのかもしれないですね。
原作を読んで磯辺という人間を知ったときに、「これは絶対に自分がやらなきゃいけない」という、自分の意思とは別のところから送られてくる使命感のようなものがあったんです。自分の高校時代の感情を重ねて、勝手にそういう気持ちが生まれたのだと思いますが、磯辺という存在を知れたことによって心が軽くなりました。完全にフィクションの世界である漫画の人物がいることで、心がこれほど軽くなることがあるんだと思いましたし、全く同じではないにしろ、根底にある考えは自分とどこか似通った部分があるんじゃないかなと。
──自分の存在も肯定されるような感覚ですか?
自分が言葉にできなかったことを言葉にしている人がいる。手を差し伸べてくれたという感覚ともまた違って、そういう存在がいることを知れただけで、自分だけじゃないんだという一種の孤立感から救われました。いろんな人の心にきっと磯辺や小海がいて、それをたまたま僕らが映画で演じることになったということだと思います。
──「これはどうしてもやりたい!」という思いが出てくるのは、どんな役に出会ったときなのでしょうか。
もちろん役柄によってスタンスを変えることはないですし、どの作品も真剣に取り組む度合いは変わりませんが、やっぱりどこか自分と近い境遇だったり、価値観を持った人物像に出会うと、ただ演じるだけじゃなく、まだ少ない年数でも自分が生きてきた中で得た要素ごと映画に組み込めるというか。それが俳優という仕事のいいところだと思うし、自分の身近にある、共感とはまた違った身に覚えがある感情が描かれている作品はより一層やりたいなと感じます。
──映画の中でも「好き」や「欲求」という感情の言葉にできなさや、とらえどころのなさが描かれていますが、青木さんにとっての、「好き」という感情はどういうものだと思いますか?
僕にとっての「好き」が当てはまるものが何かを考えると、演技に対する感情が一番近いのかなと思うんです。こうしてインタビューを受けるなかで、「楽しいですか?」とか「好きですか?」と質問をされることがけっこうありますが、その瞬間瞬間で「楽しい」とか「好き」という気持ちを感じながらやってはいないし、役の心情によっては苦しいときもたくさんある。今でも「好き」という感情が何なのか、明確に答えは出てはいないですけど、それでも演技を続けているということは、結果的に「好き」ということなのかもしれない……。そういう気持ちは常にどこかに持ってはいますね。
──完成した『うみべの女の子』をご覧になって、どんな感情の動きがありました?
磯辺もそうですが、出ている人たちは光が当たっているわけでもないし、光を放っているわけでもないのに、どこか自分がこれまで受けた傷が瘡蓋になっていく感覚があって。だから、観ている人たちの傷はなくなるわけではないけれど、薬を塗ってもらったような感情を生んでくれる映画なんじゃないかと。ある種残酷な世界を描いているのにも関わらず普遍的で、心に突っかかりが残って、それが現実の日常に上手く働いていく。すごくいい映画だなと思いました。もちろん、同世代にも観てもらいたいけれど、いろんな世代の方にも響いてほしいです。
──NHKよるドラ『きれいのくに』では、『うみべの女の子』の前髪長い系とはうってかわって坊主頭の高校生役を演じられていて、作品ごとに全く違う引き出しを持っている方だなと思いました。
本当に周りの人に引き出してもらっている感覚が強くて。特に『きれいのくに』は自分ひとりではできなかったですね。リハーサルを何度も重ねたのですが、毎日落ち込んで帰ってはどうやったらうまくできるんだろうとお風呂の中で考えて、次の日までに自分なりに答えを出していくんですが、そのシーンが思った通りに進められてもまた新しい課題が出てきて。けっこう不安になりがちな性格なので、個人的には整理したいんですけど。心の中が綺麗好きというか。
──心の中が綺麗好きっていいですね。考えてしまうタイプなんですね。
はい。でもそうしすぎると、人間そんなに綺麗に整ったものじゃないなという気持ちにもなって。関わる人によって全然違う話し方になったり、ちょっとしたことで気持ちが激変したり、複雑で多面性があるのが人間らしくていいと思うからこそ、人間らしい役にするために、頭で考えて理解を深めていくこともしつつ、それ以上に現場で感じることを大事にしています。整理しきれないまままの感情も含めて、それぞれの人物に対峙していくなかで自然と生まれるものが本物なんじゃないかなという思いがあって。ちゃんと生きている、生っぽさが出ればいいなと思ってはいるけれど、毎回どの現場でも違った課題が生まれて、ひとつできても全部ができるようになることはないし、どの現場でも新たな壁にぶつかって発見して。たぶんずっとできないままなんだろうなとも思うんですけど、できないものだと諦めちゃうのも良くないし、そういう矛盾した相反する間でずっと挟まって生きていくんだろうなと思います。
──少し気持ちを切り替えたいなというときだったり、リラックスしたいときにしていることってありますか?
僕、和菓子が好きで。たまたまふらっと老舗の和菓子屋さんに立ち寄ったときに、すごく澄んだ空気というか、別世界に来たような落ち着きを感じたんです。店員さんも落ち着いているし、他にお客さんがいなかったからだとも思うんですが、森の中にいるような、深呼吸がしやすい、心が守られている、そんな領域の中にいる気分になって。リフレッシュされるような、ずっといたくなるような居心地の良さがあって、「なんでだ?」と考えながら(笑)。そこで大好きな苺大福を買って帰ったんですが、頻繁に行くようになったらまた違っちゃうんだろうなとも思ったんです。気の向いたときにふらっと立ち寄るのがいいんだろうなと。
──確かに、老舗和菓子店にはSNSコミュニティとは違う速度の独自の空気感がありますね。
違った時間の流れ方をしてますよね。インターネットが発展していく中でみなさんもそれぞれ疲れが溜まっていると思いますが、老舗和菓子屋さんはそこから解放される僕の逃げ場。ある種、癒しの場ですね。
『うみべの女の子』
海辺の小さな街で暮らす中学生の小梅(石川瑠華)は、憧れの三崎先輩(倉悠貴)に振られたショックから、以前告白された内向的な同級生・磯辺(青木柚)と関係を持ってしまう。何度も体を重ね、小梅は磯辺に恋心を抱くようになるが、磯辺は関係を終わらせようとする。
監督・脚本・編集: ウエダアツシ
原作: 浅野いにお「うみべの女の子」(太田出版×COMICS>)
出演: 石川瑠華 、青木柚、前田旺志郎、中田青渚、倉悠貴、村上淳ほか
配給:スタイルジャム
2021年8月20日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか公開
(C) 浅野いにお/太田出版・2021『うみべの女の子』製作委員会
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青木 柚
2001年生まれ。神奈川県出身。映画『14の夜』(16)で注目され、第20回全州国際映画祭では主演映画『暁闇』(18)が招待上映される。主な出演作に、映画『アイスと雨音』(18)、『サクリファイス』(20)、ドラマ「死にたい夜にかぎって」(20)、『きれいのくに』(21)など。今夏は、TBS『プロミス・シンデレラ』、NTV24時間テレビドラマスペシャル『生徒が人生をやり直せる学校』に出演。今後の待機作に、 アンドリュー・レヴィタス監督作『MINAMATA-ミナマタ-』(9月23日木・祝全国公開)、丸山健司監督作『スパゲティコード・ラブ』(2021年公開予定)がある。
Photo: Wataru Kitao Text:Tomoko Ogawa Hair&Make:Masa Kameda Stylist:Mei Komiyama