「私はマイノリティの側なんだなと感じた経験がある、そんな自分が救われる話だと思いました」。そう三浦透子さんが語ったのは、初の単独主演作である映画『そばかす』のことです。地方都市で暮らす30歳の主人公・佳純は、実は他人を性的な対象として見ないアセクシャル。自分を理解してもらうことをどこかで諦めていた佳純に転機が訪れる、爽やかな成長物語です。想像力と責任感を持って役と向き合った日々について、話を聞きました。
三浦透子がアセクシャルを演じた映画『そばかす』。「複雑な思いを複雑なまま、自分の中で育てていい」

──この映画の主人公は、他人に恋愛感情を抱かないアロマンティックかつ、性的な対象として見ないアセクシャルの佳純。彼女の自然体でひたむきな姿を通して、「恋愛するのは当然」という世の中の同調圧力を問い直す作品です。この物語について思ったことを教えてください。
私自身も、世間で一般的とされる価値観に当てはまらないと感じる瞬間があるんです。恋愛に関しても、恋に幸せを感じている人を否定するつもりはもちろんありませんが、そうじゃない人がいたっていいと思っていて。世代のせいか、いろんな価値観があって当たり前な中で育ってきたので。でも、それは環境が恵まれていただけなんだって、違うコミュニティに行くと途端に思い知らされるというか。まだまだ「常識」を押しつけられる場合があって、私はマイノリティの側なんだなと感じた経験がありました。そんな自分が救われる話だなと純粋に思いました。
──どう救われたんでしょう?
佳純は最初、自分を分かってもらうことを諦めています。けどそのうち、自分を受け入れない社会の方が間違っているんだから、疑問を持ったり声を上げたりしていいんだと気づいていく。それを経て、必ずしも分かってもらわなくてもいいんだと、自分を縛っていた思い込みから解放されていきます。まだ定まっていない複雑な思いを、わざわざ人のために単純化して説明してあげる必要はない。複雑な思いを複雑なまま、自分の中で育てていいんだというふうに、結局「みんな違ってみんないい」というところに行き着く話で。そんなあまりに当然でシンプルなことが意外と難しい世の中だからこそ、今この映画を作ることに意味があると思いました。
──「分かってもらわなくてもいいと解放される」ことは、他人をシャットアウトすることとは全く違うと思います。ポジティブな変化であると印象づけるために気をつけたことはありますか?
それこそ佳純自身が言っているんです、「分かってくれない人たちからは逃げたっていいんだよ」って。『宇宙戦争』(05)のトム・クルーズについて、彼にしては珍しく逃げている姿に共感するんだと話していますが、その共感の在りようも成長とともに変化していると思います。ラストシーンの佳純は、それこそ逃げる自分を肯定しているようにも見えて。逃げてもいいし戦ってもいい。どう振る舞ったって自分は自分、そう思えるようになれた。道筋を辿れば自然とそこにたどり着ける、そんな脚本を書いていただいたということだと思います。
──アサダアツシさんが書いた脚本の第1稿から、玉田真也監督は会話における説明的なセリフをなるべく省いたとのこと。たとえばアロマンティックやアセクシャルという言葉も、「0か100かで先入観を与えるかもしれないから」という理由でなくしたと聞きました。
第1稿も修正稿もすべて読ませていただいてます。玉田企画(*玉田監督が主宰する劇団)の演劇を拝見したときにも感じましたが、今回のセリフもものすごく魂が乗っていて、それでいて日常的な表現に落とし込まれているなと思いました。アサダさんが作り出された物語がまたグッと「隣にある話」になった実感があって。余白も増えた分、お芝居で担う部分も大きくなるので、気が引き締まりました。
──佳純が元同級生の八代(前原滉)からゲイだと打ち明けられ、彼女もカミングアウトするかと思いきや、会話の流れで本音を引っ込めるシーンで、佳純はヘラッと笑います。あの表情が印象に残りました。
ああ、なるほど! あんまり意識はしてないんですけど、伝えることを諦めた瞬間、表情が逆に作用したということだと思います。客観的に、セクシャルマイノリティ同士なら分かり合えるんじゃないかと認識している方も多いと思うんです。でもそこにも当然、分かる・分からないの差はあって。みんなそれぞれ違うということが描かれた、印象深いシーンの一つだなと思います。
──佳純は、たとえば『ドライブ・マイ・カー』(21)で三浦さんが演じたみさきのように、孤高の人にもなりえた気がします。でもそうではなく、その場を取り繕うタイプになったのはどうしてでしょう?
壁の作り方の種類が違うだけのような気がしていて。佳純は必要最低限のコミュニケーションだけ取ってやり過ごすことで、周囲との距離を保っているんです。孤高でいるのも自分の貫き方の一つだと思うんですが、佳純は当初その自分の主張を貫くということを諦めていて。ある意味で、『ドライブ・マイ・カー』のみさきみたいになりきれないところから始まってるんじゃないかな。
──佳純の方がより観客と近しいかもしれないですね。
そうかもしれません。と同時に、自分をよく見つめているからこそ周りとのズレにも気づけるという意味で、一貫して強い女性だと思ってもいて。佳純自身はそう捉えてはいなかったけど、元同級生の真帆(前田敦子)をはじめ、そのままの自分を受け入れてくれる人との出会いによって、自己認識が変わっていくんです。
──真帆は理不尽なことに対して怒りをあらわにしますが、佳純にも怒りってあったと思います?
あったと思います。真帆と佳純がどうして仲良くなったのかもすごく考えて、それが佳純のキャラクターを作る上でのヒントになりました。二人は根っこが近くて、何に怒りを持つかにおいて共通しているんだけど、アウトプットの仕方が違っていて、その違いにお互い憧れているというか。佳純は真帆が素直に思ったことを言えるところを、真帆は佳純がグッと我慢できるところをリスペクトしているように感じました。真帆からすると佳純は、「言えない子」には見えていないと思うんです。だからこそ、佳純が言えないのではなく「言わない」という方法を選択しているというふうに見せたいと考えました。
──この映画を観ていて、言葉って難しいなと思いました。一方でキャンプの夜に、佳純が、少し遠くで滝を眺めていた真帆と、ただ手を振り合うだけで通じ合っているシーンになんだかグッときて。
私が今回改めて思ったのは、言葉は不完全なものだと承知した上で生きていくしかないということです。言葉を交わせば分かり合えると過信するのは危険で、でもだからといって、諦めると絶対に通じ合えない。それは個人的に、日頃のコミュニケーションにおいてもすごく思うというか。「伝わらなかった」というのは、諦めなかった先にある悩みなんだなと感じます。
──アロマンティック・アセクシャルを描くにあたり、当事者の方が監修に入っているそうですが、三浦さんもやりとりしましたか?
はい。お話を伺って印象的だったのは、他のセクシャルマイノリティの方に比べると、カミングアウトしたときにあからさまな差別を受けることはないそうなんですが、ただ、恋愛感情がないのをとにかく信じてもらえないということでした。「本当に好きな人に出会ってないだけなんじゃない?」と言われてしまうと。信じてもらえないというのは、存在を否定されるような出来事ですよね。もともとアロマンティック・アセクシャルという言葉に関する知識はありましたが、実際に当事者の方の話を聞いてより切実に感じられました。「この映画のためにできることはなんでもしたい」とおっしゃって、脚本を読んで少しでも気になった箇所を一つ一つ教えてくださって。それをもとにどう修正するか、リハーサルの段階で玉田監督と密にコミュニケーションを取って進めました。
──この『そばかす』だけでなく、『エルピス —希望、あるいは災い—』(22)や、おそらく『ドライブ・マイ・カー』(21)もそうだと思うんですが、社会に向けたメッセージが明確にある作品への出演が続いています。そのことをどう捉えていますか?
やっぱり責任が大きい分、エネルギーは使います。とはいえ、物語が出来上がる0→1に携わっていないからといって、役者は責任を負わなくていいのかというと、そうではないと思っていて。メッセージ性のある作品に参加したからには、加担しているつもりでいたいなと。出演を決めるに至る理由にはいろいろありますけど、メッセージに全く共感できない場合はやらない方がいいと個人的には思ってます。というか、「出演した以上、メッセージに共感したということですよね」と思われてもしょうがないと考えています。特に『ドライブ・マイ・カー』や『エルピス』ではカンヌのマーケットに参加できて、そこで海外の記者さんに取材を受けると、「あなたがこの作品を選びましたよね」というのが前提なんです。改めて、そう思われる覚悟で作品に臨まなくちゃいけないなと感じているところです。
『そばかす』
物心ついた頃から「恋愛が何なのかわからないし、いつまで経ってもそんな感情が湧いてこない」自分に不安を抱きながらも、マイペースで生きてきた蘇畑佳純(そばた・かすみ)は30歳になった。大学では音楽の道を志すも挫折し、現在は地元に戻りコールセンターで苦情対応に追われる。妹の結婚・妊娠もあり、母から頻繁に「恋人いないの?」「作る努力をしなさい!」とプレッシャーをかけられる毎日。ついには無断でお見合いをセッティングされる始末。しかし、そのお見合いの席で、佳純は結婚よりも友達付き合いを望む男性と出会う…。
監督: 玉田真也
企画・原作・脚本: アサダアツシ
出演: 三浦透子、前田敦子、伊藤万理華、伊島空、前原滉、前原瑞樹、浅野千鶴、北村匠海(友情出演)、田島令子、坂井真紀、三宅弘城
配給: ラビットハウス
2022年12月16日(金)、新宿武蔵野館ほか全国公開
©2022「そばかす」製作委員会
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三浦透子
1996年生まれ、北海道出身。2002年「なっちゃん」のCMでデビュー。2022年、第94回アカデミー賞で国際⻑編映画賞を受賞した映画『ドライブ・マイ・カー』(21)でヒロインを演じ、第45回日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。主な出演作に、映画『私たちのハァハァ』(15)、『月子』(17)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18)、『あの日のオルガン』(19)、『ロマンスドール』(20)、『スパゲティコード・ラブ』(21)、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(ともに22)など。歌手としても活動しており、映画『天気の子』(19)では主題歌のボーカリストとして参加。本作では主題歌「風になれ」の歌唱も担当する。今後は、2023年公開予定の映画『とべない風船』『山女』が控えている。
Photo: Eri Morikawa Stylist: Sho Sasaki Hair&Makeup: Yuko Aika Text&Edit: Milli Kawaguchi