A24が新たに繰り出すホラー『MEN 同じ顔の男たち』。あるトラウマから立ち直ろうと、イギリスの美しい田舎町へ休養しにやってきたハーパー。しかし彼女がそこで出会う男たちは、なぜか全員「同じ顔」をしていて…。監督は、小説家、脚本家を経て『エクス・マキナ』(14)で鮮烈な監督デビューを飾ったアレックス・ガーランド。SFやホラーの枠組みを使い、「世の中でまかり通るあらゆる無意味なルール」を疑ってきた彼ですが、本作も例外ではありません。ジェンダー差別にツバを吐く(!)“超問題作”なのです。
映画『MEN 同じ顔の男たち』アレックス・ガーランド監督インタビュー。ホラーの「ヒロイン仕草」を疑う快作にして怪作
──ホラーといえば、フェミニンなヒロインが顔を歪め「キャー!」と叫ぶのが王道です。でも本作の主人公ハーパー(ジェシー・バックリー)は、恐ろしい目に遭ってもだいたいドライな反応で、ラストに向かうにつれてますます冷めていくのがある意味爽快でした。そういった人物像はどのように考えましたか?
最初に、この映画の根底にある哲学から話すべきかもしれません。それはつまり、私が基本的に、女性と男性の間に大した違いはないと考えているということです。何が人を女性あるいは男性たらしめるかの定義は人それぞれですし、女性的な男性も男性的な女性もいますし。世の中では、女性と男性で思考に差があるなどとよく言われますが、たしかな根拠はありません。にもかかわらず私たちは、たとえば実際の女性は必ずしもそうではないのに、ヒロインといえば恐怖のあまり高い声で叫ぶといった矛盾を、日々当然のように目にしていて。映画は大衆向けのエンタメなので、ある種の社会的な傾向に迎合しがちです。でも、そこに根拠はない。だから無視した。それが質問に対する答えだと思います。
──ハーパーの衣装についてお聞きします。当初はゆったりしたニットとパンツを着ていますが、休養先の田舎町コットソンを訪れると、急に不自然なほどフェミニンなフォルムの、サーモンピンクのワンピース姿になります。あの独特なワンピースを採用した理由を教えてください。
ざっくり言うと、私は衣装に干渉しないようにしていて。自分がひとたび脚本を書き、キャラクターを生み出したら、あとは俳優へ全面的に委ねたいと考えているんです。衣装も委ねるうちの一つで、衣装担当者とともにふさわしい服装を見つけてもらいます。もし俳優がピエロの衣装でシルクハットを被り、バットマンのマントを羽織ってきたら、さすがに「いいアイデアとは思わない」と言うと思いますけど(笑)。私は小説家としてキャリアをスタートさせました。執筆は良くも悪くも孤独な作業です。しばらくして脚本家として映画の仕事を始めたとき、面白みを感じたのはチームでコラボレーションできることでした。監督として活動するようになってからも、もちろん厳しくコントロールする部分もありますが、基本的には自分の直感以上にコラボレーションを重視しています。人それぞれの選択に興味があるからです。
──では、衣装はハーパー役のジェシーと、衣装担当のリサ・ダンカンとで決めたと。プロダクションデザイナーのマーク・ディグビーによれば、ハーパーが滞在するカントリーハウスの内壁を赤くした理由は、傷あるいは子宮のイメージとのことですが、ワンピースの色もそれと似て感じられました。色設計が緻密ですが、監督が全体をコントロールしたわけではない?
色は無意識のレベルで作用します。ジェシーがあのワンピースを選んだときは、きっと身体について考えていたはずです。もし今私が腕を切ったら、サーモンピンクと赤を目にすることを、私たちは知っていますから。ジェシーと私は、この映画のイメージを共有する上で出産についてよく話していたので、その連想で赤い壁の空間に、ピンクに身を包んだ人間を置きたいと思ったのかもしれません。可能性は十分にあります。
とはいえ私が言いたいのは、そういった解釈を自分では負いたくないということです。コラボレーションに惹かれているからでもありますが、もう一つ別の理由もあります。そもそも物語の体験とは、物語の送り手と受け手の間のフィフティ・フィフティの関係性によって生まれるものだからです。受け手は、自分がただ物語を享受しているだけだと思いがちですが、実際は送り手と対等なパートナーとして、自身の視点から物語の50%を補完しています。だから同じ本一つとっても、人によって登場人物の行動に対する意見が分かれたりするんです。
──本作では、天気や綿毛や林檎の木などの自然物は、コットソンの住人である不気味な“同じ顔の男”たち(ロリー・キニア)と同様、ハーパーを敵視しているようにも見えます。監督は本作における「自然」をどのように捉えていますか?
私は自然がハーパーに敵意を抱いていたとは考えていません。まさに二人の人間が自身の視点から反対の解釈をするいい例です。前半のあるシークェンスをもとに説明します。ハーパーは夫の死を目撃した心の傷から立ち直ろうと、田舎町にやってきました。最悪の気分のまま散歩に出かけます。森の中で線路跡の道を見つけ、それに沿って歩いていきます。すると、雨が降り始めます。雨は彼女に喜びと安らぎを与えます。そのうち雷も鳴り始めます。これを敵意と捉えたのかもしれませんが、私自身は雷雨が大好きで(笑)。なぜだか分からないけど、あの音が無性に心地いいんです。ハーパーも雷雨を楽しみ、まるで森に守られているように感じます。
やがてあのトンネルが見えてきます。普通、ホラーには「トンネルには入るな」という暗黙のルールがありますよね。トンネルじゃなくても、地下室や夜道でもいいんですけど。でも実際、なんでトンネルに入ってはいけないんでしょうか? なんで邪魔されなければならないんでしょうか? そこに根拠はありません。ハーパーはトンネルに入り、自分の声が反響するのを聴いて、そこに思いがけない美しさを見出し、またも喜びを感じます。すると、トンネルの奥で悪意を持った“男”が目を覚まし、「お前は喜びを味わってはいけないんだ。奪ってやる。脅かしてやる」とばかりに追いかけてくるわけです。ハーパーを脅かしたのは、自然ではありません。雷雨が嫌いな人なら違う解釈になるだろうけど(笑)。
──ハーパーを敵視しているのはあくまで“男”たちだということですね。監督の作品を観ていると、女性に対しての「男性」、自然に対しての「人間」、あるいはアジアに対しての「欧米」といった、あらゆる権威への強烈な不信感を感じます。そういったストーリーテリングのモチベーションはなんですか?
映画監督には二つのタイプがいます。一つは、映画についての映画を作るタイプ。多くの場合、10代の頃に好きだった映画をもとに作品を撮っていて、過去作をある意味リサイクルし続けているんです。もう一つは、自分の経験や、今の世界について思うことを題材にするタイプです。どちらが優れているというわけではありませんが、私自身は後者に属しています。で、私は権威に不信感を抱いています。絶対的で、本能的な、完全なる不信感です。権威ある立場の人から何か言われたらまずは疑います。後になって同意することもあるかもしれません。でも、絶対に鵜呑みにはしません。そんな私の世界の見方が、作品に表れているなら嬉しいです。
私たちの毎日は、明らかに意味不明なたくさんのルールに支配されています。本当に問うべきは「無意味なルールがたくさんあるかどうか」ではなく、「私たちはそれらをなぜ見て見ぬふりするのか」です。ハーパーがトンネルに入ったのと同じように、くだらないルールに疑問を投げかけると、ある人々から強い拒否反応を示されることがよくあります。なにも、彼らがそのルールを合理的だと思っているからではありません。愚かだと無意識に分かっているからこそ、疑問視されることに脅威を覚えるんです。こうして話すと、まるで私が世の中のすべてに反対しているように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。権威に対しては疑ってかかるのが賢明です。無闇に受け入れるのは危険だと思うんです。
『MEN 同じ顔の男たち』
ハーパー(ジェシー・バックリー)は夫ジェームズ(パーパ・エッシードゥ)の死を目の前で目撃してしまう。彼女は心の傷を癒すため、イギリスの田舎町を訪れる。そこで待っていたのは豪華なカントリーハウスの管理人ジェフリー(ロリー・キニア)。ハーパーが街へ出かけると少年、牧師、そして警察官など出会う男たちが管理人のジェフリーと全く同じ顔であることに気づく。同じ顔の男たち、廃トンネルからついてくる謎の影、木から大量に落ちる林檎、そしてフラッシュバックする夫の死。不穏な出来事が連鎖し、“得体の知れない恐怖”が徐々に正体を現し始める――。
監督・脚本: アレックス・ガーランド
出演: ジェシー・バックリー、ロリー・キニア、パーパ・エッシードゥ、ゲイル・ランキン、サラ・トゥーミィ
配給: ハピネットファントム・スタジオ
12月9日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
©2022 MEN FILM RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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アレックス・ガーランド
1970年生まれ、イングランド・ロンドン出身。小説家としてキャリアをスタートし、『ザ・ビーチ』や『The Tesseract(原題)』などの作品で知られる。その後、脚本家に転身し、ダニー・ボイル監督の『28日後…』(02)でデビュー。その続編である『28週後…』(07)では製作総指揮も務めた。2015年、監督デビュー作『エクス・マキナ』(14)で、アカデミー賞オリジナル脚本賞のほか、英国アカデミー賞優秀英国映画賞、および優秀英国新人賞などにノミネートされた。2018年に監督・脚本を務めた2作目『アナイアレイション ‒全滅領域‒』を発表。2020年には単独で脚本と監督を務める8部構成のオリジナルTVシリーズ『Devs』がFX Networksで放送された。そのほか、脚本を執筆した作品には、『サンシャイン2057』(07)、『わたしを離さないで』(10)、『ジャッジ・ドレッド』(12)、ビデオゲーム「Enslaved: Odyssey to the West」(10)などがある。現在は、本作と同じくA24でオリジナル脚本の近未来のアメリカを舞台にしたアクション長編『Civil War(原題)』を監督中。
Text&Edit: Milli Kawaguchi