アメリカ大統領就任を間近に控えた、ドナルド・トランプの若き日に焦点を当てる映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』(1月17日公開)。イラン系デンマーク人のアリ・アッバシ監督が目指したのは、共感でも批判でもなく、ただ観客がトランプその人を理解することだったという。
共感的すぎるトランプ映画?その裏にある監督の真意
『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』アリ・アッバシ監督にインタビュー
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——本作では1970〜80年代にかけてのNYを舞台に、ドナルド・トランプ(セバスチャン・スタン)の駆け出し時代が描かれます。政治ジャーナリストのガブリエル・シャーマンが手掛けた脚本を、最初に読んだ時の感想について教えてください。
ドナルド・トランプに対してかなり共感的に書かれていることに驚きました。ゲイブ(*シャーマンのこと)がジャーナリストとして、長年トランプを追いかけてきたのも知っているので、もし彼が望めばもっといくらでもネガティブに描けたはずですから。また、極めてエンタテインメント性が高いと感じました。そしてこうも思いました、「なぜ僕に監督オファーが?」と(笑)。
——その時点では何がテーマになると考えましたか?
ロイ・コーン(*実在の辣腕弁護士。劇中ではジェレミー・ストロングが演じる)とドナルドの間に生まれる師弟関係というテーマが、すでに脚本の中に存在していました。ドナルドがその関係性を通じてどのように変貌を遂げ、ある意味で怪物となっていくか。ただ映画にする上で最も重要だったのは、むしろ彼らの人間性や複雑さを捉えることだったかもしれません。それもテーマといえるかはわかりませんが、少なくとも私たちの使命だったように思います。
——「なぜ僕にオファーが?」とのことでしたが、引き受けたのはどうしてですか?
そうするのが面白いと感じたからです。おそらくですが、製作陣は私の前に多くのアメリカ人監督に声を掛けたものの、誰もやりたがらなかったのではないかと思います。トランプに関わりたくなかったんでしょうね。それに、(ハリウッドで仕事をする上で)自分では弱点だと思っている部分——アメリカに住んだことがなく、その文化について深い知識を持っていないこと——が、逆にプラスに働くかもしれないと感じました。少し距離を置いて物事を見られるからです。またイラン出身の自分には、アメリカに対する独自の視点があります。イランとアメリカの間には特別な関係性があり(*1979年のイラン革命にて、親米の王政が民衆のデモにより転覆し、反米を掲げる現在のイスラム体制が確立したという歴史がある)、それは日本とアメリカの間柄にもどこか通じる部分があるかもしれませんね。外からの視点で、この物語を描くことに興味を持ちました。
——アメリカでの劇場公開は、大統領選を控えた2024年10月でした。撮影監督のキャスパー・タクセンはあるインタビューで映画制作中、監督と「自分たちはトランプに共感的になりすぎているのでは?」と話したと語っていました。選挙への影響も含め、その点に危惧はありましたか?
目標はバランスよく仕上げることでした。観客にトランプを嫌ってほしいわけでも、好きになってほしいわけでもない。どちらか一方へと操らないこと、それが重要でした。観客ではなく自分自身について言えば、彼を好きにならないよう努めました。プロパガンダ映画になってしまうと非常に問題があるからです。彼個人に対して中立でありたいとは思いますが、政治的に中立でいることはできません。政策には賛同しかねますし、嫌悪すべき発言や行動を重ねてきた人物ですから。女性たちへ性的暴行を働いた事実も消えません。彼をあまりにもポジティブに描く作品にならないよう、いくつかのシーンについて「カットしてはいけない」と主張したことも。トランプ寄りの映画を作りたがっていた出資者との問題があったので……(*主な出資者であるキネマティクス社が劇中のレイプシーンに意義を唱え、トランプの弁護士らもプロデューサーや配給会社を訴えると脅す停止通知書を提出。選挙後まで公開が延期される可能性が高いと思われたが、リッチ・スピリット社を立ち上げたプロデューサーのジェームズ・シャニが本作を完全買収。ブライアクリフ・エンタテインメント社とともに共同配給会社へと昇格することで、最終編集権が監督に渡り、劇場公開も実現)。でも今回のように物議を醸す人物を取り上げる場合、議論を重ねるのは必須だと思います。いかなる評価も押しつけることなく、ドナルドというキャラクターをあくまで人間として捉えようとしました。
——観客にキャラクターを嫌ってほしいのでも、好きになってほしいのでもないとすると、どこがゴールでしたか?
観客がドナルド・トランプを理解すること、そして彼の身になってみることです。初期のインタビュー映像を観ると、野心家には違いないけれど、意外にも喋り方はソフトで奥ゆかしささえある。そこから激昂しやすく、人を不快にして対立させる今の彼になるまで、いったいどのように育ってきたのか。ロイや父フレッド(マーティン・ドノヴァン)との関係からどのような影響を受けたのか。情報としては知っている人も多いかもしれない。でもこの映画にはウィキペディアを読んだり、ニュースを観たりするだけでは得られない感覚があると思います。
——ドナルド役のセバスチャン・スタンと、ロイ役のジェレミー・ストロングはともに、先日のゴールデン・グローブ賞でドラマ部門の主演・助演男優賞にノミネートされるなど、本作の演技で評価されています(*セバスチャンは『A Different Man(原題)』にて同賞ミュージカル・コメディ部門の主演男優賞を受賞)。現場での二人の化学反応について教えてください。
彼らは相性がよく、バランスがとれていました。人間的にも素晴らしい人たちで、私の友人でもあります。特にジェレミーはサイコパス的な奇怪なキャラクターに挑むことが多く、演技力や直感する力、そしてアーティストとしての実験精神を感じます。普通なら無難な善人役を選ぶところを、そうしないのです。二人は常に気を引き締め合っていました。いいコラボレーションを見せながらも、お互いをあまり快適な状態にさせないようにしていた。そこには常に緊張感がありました。お互いを驚かせ合い、また相手に驚かされることを決して拒まない。その開放性が私の働き方、つまり“その瞬間の新鮮さを創り出す”というスタイルとうまく噛み合ったのだと思います。
Text&Edit_Milli Kawaguchi