上京して7年目、 高層ビルも満員電車もいつしか当たり前になった。 日々変わりゆく東京の街で感じたことを書き綴るエッセイ。前回はこちら。
シティガール未満 vol.13──渋谷スクランブル交差点

“Excuse me, Where did you buy that T-shirt? ”
渋谷のスクランブル交差点で信号を待っていると、外国人男性が話しかけてきた。
オシャレな人が言う、「珍しい服を着ていると街で知らない人に“それどこのですか?”と聞かれる」というやつが、ついに私にも来たか。まさか18歳の頃、高円寺の古着屋で買った200円のTシャツを着ている時に来るとは思わなかったが、これでシティガールに一歩近づける気がする。
買った店を答えるべきかブランドを答えるべきか迷いつつ、店名を伝えると彼の反応が鈍かったので、「LUKER by Neighborhood」のプリントロゴを指差した。ロゴの上には兵隊のような男性の絵がプリントされている。当時は何も知らずに買った、いや、正直今もデザインの意味は知らない、200円の古着とはいえ、飽きの来ない優れたデザインなのは確かだ。
“Japanese brand?”
“Yes”
「すごくクールだね!」
この話をSNSで自慢しよう、と密かに考え始めた頃、雲行きが怪しくなってきた。Tシャツの話は早々に切り上げられ、「日本人?」「学生?」「渋谷よく来る?」「どこに住んでるの?」「LINEやってる?」とファッションのファの字もない質問攻め。
これはもしや、服を糸口にしたただのナンパなのかもしれない。そんな疑念に満ちた目で今年から日本に来たという彼をよく見てみれば、中肉中背の体型に何の変哲もないジャストサイズのボーダーTシャツと黒のパンツ、足元はスニーカーという、到底ファッションが好きそうには見えない平凡な出で立ちである。もちろんこの条件でもオシャレに着こなせる人はいるのだろうが、彼は髪型や雰囲気含めて、わざわざ知らない人が着ている服のブランドを尋ねるほどファッションに興味がありそうには思えなかった。
連絡先の交換を断ると、彼はJR渋谷駅方面へ去っていった。また同じように誰かに声をかけるのだろうか。
最近明らかに街で声をかけられる回数が増えた。ナンパを中心に、ホストクラブのキャッチからアメ横のケバブ屋の呼び込みに至るまで、とにかく男性に声をかけられるのだ。
以前と変わったことといえば、髪が伸びたことくらいだろうか。
ここ4年くらいはずっとショートボブからベリーショートの間を行き来していたのだが、このコロナ禍で人と会う機会がほとんどないため、もう半年近く切っていないのだ。
そう考えてみると、私の髪の長さと街でナンパされる回数は見事に比例している。
ショートだった4年間でナンパされたのは記憶の限りたったの2回なのに対し、顎のラインより少し長いボブである今は夜に繁華街を一人で歩けば必ずされる。今と同じくらいの長さだった4年以上前を思い返すと、確かにこのくらいナンパされたものだった。
その頃、最も印象深いナンパをされたのも渋谷だった。
2014年の秋、公園通りの「渋谷HUMAXシネマ」近くで信号を待っていると、背後から「かーのじょっ」と声をかけられた。『花より男子』の花沢類が主人公の牧野つくしを呼ぶ時の「まーきのっ」と同じ言い方と動作だと言えば伝わるだろうか。しかしもちろん、首を傾げながら私の顔を覗き込んできたのは小栗旬ではなく、50歳くらいのおじさんだった。
ナンパは無視が基本方針の私も、さすがに笑わずにはいられなかった。
「どこ行くの?Forever21?」と雑に畳み掛けるおじさんが指差した、今はなき〈Forever21〉渋谷店の夕焼けに染まった黄色いロゴをよく覚えている。
「遊びに行かない?車あるよ!何か食べる?シースー行く?シースー!」と言われ、さらに笑ってしまった(シースーとはバブル期の流行語で寿司のことである)。
相手の気をひくために奇をてらったナンパもあるが、このおじさんはネタではなく本気で言っているように見えた。おそらくリアルタイムでバブル期の東京を経験した人なのだろう。かっこいいとは言わないが決してダサくはなく、年齢の割には細身でシュッとしていて、清潔感もあり、確かにそれなりの経済力と地位はありそうな雰囲気ではあった。
なんなんだこの人は、と気になりつつも断ったが、その後ずっとそのおじさんのことが気になっている。今思えば、バブル期から20年以上を竜宮城で過ごした、バブルの浦島太郎だったのかもしれない。
さて、このようにナンパされた話をすると、自慢だと解釈されることがよくある。ナンパなんて若い女なら誰でもされる、本当の美人はナンパされない、などといったマウンティングがおまけで付いてくることも多い。特にネットでは顕著だ。
自慢のつもりで話す人もいるのだろうが、少なくとも私にとってナンパされたことを書いたり話したりするのは、どこで何を食べたとか、誰と何の話をしたとか、そういった日常の些細な話題と同列のエピソードの一つに過ぎず、全くもって自慢ではない。
それなのに、例えば「ナンパがウザい」といったネガティブな言及ですら、「自虐風自慢」だと言われてしまう。
本当に不快に思っただけの話でも、ただの日常の一部の話でも、自慢だと捉えられるから言えないし、言わない。そこに息苦しさを感じている人は結構いるのではないかと思う。
そもそも自慢でもいいじゃないか、とも思うがそれは置いておいて、なぜ自慢だと決めつけるのか。
恋愛・性的対象として異性に求められ、選ばれることが人の価値を決めるという前提があるからではないか。
そんなことはない、と今でこそ言えるが、白状すると私も、昔はナンパされると女としての最低ラインを満たしていることを確認できるような気がして、安心していた部分もあった。
だが今となっては、そんなインスタントな承認すら得られない。ちゃんと定期的にカットしたショートヘアの方が似合っていてオシャレなはずなのに、伸ばしっぱなしのボブヘアの私をナンパするような、そんな人たちのガバガバな基準の「最低ライン」を満たしたところで嬉しくもなければ自慢にもならないし、私の魅力を測る物差しにはなり得ないのだ。
かつては自慢だと言われると否定し切れない気がしてナンパされた話をするのを避けていた時期もあったが、今はもう自慢だと言われても何とも思わないので、これからは堂々と書いていきたい。
と言いつつ、この原稿を書いている今は結局短く切ってしまって、案の定ナンパされなくなったので、もう書くこともないのかもしれない。
私はやっぱりショートの方が好きだし、久しぶりに伸ばしてみてわかったが、首に髪がかかるのがとにかく暑いのだ。それに伸びれば伸びるほどナンパが増えている気がして、このままだとさすがに嫌になりそうだとも思い、襟足を刈り上げて思いきり切ってやった。
でもせっかくなので、前髪だけはそのまま伸ばしている。もう少し伸びたら、ずっと憧れていた髪型であるターミネーター2のジョン・コナー(エドワード・ファーロング)風の、アシンメトリーのテクノカットにしてみたい。
そしてそんな髪型をしている私こそを好きになってくれる人と、出会いたいものである。
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絶対に終電を逃さない女
1995年生まれ、都内一人暮らし。ひょんなことから新卒でフリーライターになってしまう。Webを中心にコラム、エッセイ、取材記事などを書いている。
Twitter: @YPFiGtH
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