出版社に勤務する雑誌編集者と発達障がいの特性を持つ画家の、すれ違う恋模様を描いた『はざまに生きる、春』。自分とは違う他者をどう理解するか、という普遍的なテーマも内包した本作で主演を務めた宮沢氷魚さんに、映画に込めた思いや、役者として見つめる「これから」について話を聞きました。
映画『はざまに生きる、春』宮沢氷魚にインタビュー。個々の役に寄り添うことで拓く、世界へのドア
──『はざまに生きる、春』は、映画コンペティション企画「感動シネマアワード」で大賞を受賞した作品です。これが長編商業映画デビューとなる葛里華監督の脚本を、最初に読んだ時の印象について教えてください。
僕に役を当て書きしてくださったんですけど、読んですぐに物語に引き込まれ、それから頭の中にずっと残っていて。絶対いい作品になる確信もあったので、ぜひ監督と一緒に作り上げたいと思いました。
──宮沢さんが演じたのは、雑誌編集者の春(小西桜子)が惹かれていく、画家の屋内透です。彼は発達障がいという特性を持っていますが、宮沢さんは役に向き合うため、監督と一緒に当事者の方々に取材を重ねたそうですね。
はい。発達障がいには〝典型〟がなく、周りと全くコミュニケーションを取らない方もいれば、賑やかな場所で話すのが好きな方もいます。仕草や癖、佇まいなども当然、人によってさまざまです。直接お会いしたり、監督が取材してくださった方たちのインタビュー動画を観たりして、透だったらどうなんだろうと考えていきました。
──監督には積極的にアイデアを伝えたそうですが、具体的にどんな提案を?
主にコミュニケーションの仕方についてです。たとえば、透が相手に「もっとわかりやすく言ってください」と伝えるセリフがあるんですけど、ただの気難しい人に見えてしまわないように、そわそわと手を動かしたり、視線が泳いだりする動作を加えることで、彼なりの気遣いや葛藤を見せたいと提案しました。
──透役を演じて、ご自身の中に新しく生まれた思いはありますか?
いろんな可能性を前提に人とつながっていこうという意識が改めて芽生えました。撮影が終わってからも、勉強会のような形で、医療監修に入ってくださった方のお話を聞いているんですが、その中で驚いたのは、大人になって初めて自分が発達障がいだと知る人も多いということ。子どもの頃から、「自分は周りからちょっと浮いてるんじゃないか」と悩む人は、実は少なくないと思うんです。僕も経験がありますし。
──この映画にも、発達障がいの特性が見られるものの、診断基準には満たない状態を指す「はざま」や「グレーゾーン」という言葉が登場します。
そう悩んだ経験のある人の中には、大人になってから診断を受けてわかる事例もあると。だから、「もしかしたら、近くにいる誰かもそうした悩みを抱えているかもしれない」と想像するようになり、視野が広がりました。
──透は青い絵しか描かない天才画家で、創作を何よりも大切にしていました。宮沢さん自身が、自分を保つために大事にしているのはどんな時間ですか?
版画が好きなんです。毎年ファンクラブで、Tシャツやトートバッグなどの版画グッズを自分でプロデュースして作っています。透が絵に向き合う姿を演じながら、その時間を思い出していました。まず絵を描いて、それを彫刻刀で彫ってから布に刷るんですけど、つい夢中になり、あっという間に時間が過ぎるんです。
あとは散歩かな。ずっとスタジオにこもっていると、時間の感覚がわからなくなるし、外の空気を吸ったり太陽を浴びたくなるんです。以前、あまりに忙しくて行き詰まってしまった時に、「外を歩こう」と出かけたんですけど、気づいたら、2時間経っていたことがありました(笑)。
──2時間ですか!
仕事のことを考えたり、途中ベンチに座ってぼんやりしたりしながら歩いていたら、「あれ、ここどこだろう?」という遠い街にいて。さすがに帰りは電車に乗りましたけど(笑)。でも、そういう時間が必要だったんだと思います。
──上半期だけで、すでに3本もの出演映画が公開されている宮沢さん。3月は香港にて、『エゴイスト』で最優秀助演男優賞を受賞した「アジア・フィルム・アワード」の授賞式に出席していました。どんな時間を過ごしましたか?
同じ列の席にトニー・レオンさんがいらして、斜め前には『ドライブ・マイ・カー』(21)チームや、『ベイビー・ブローカー』(22)の是枝(裕和)監督がいらして…本当に夢のようでした。自宅にトロフィーが置いてありますけど、今でもいただいた実感がないんです。僕一人の力ではなくて、(鈴木)亮平さんをはじめとする『エゴイスト』チームや、観てくださったみなさんで獲った賞だと思っています。
──ウォン・カーウァイ監督作への出演などで知られる香港俳優のトニー・レオンさんとは、アフターパーティでお話ししたそうですね。
トニーさんはレジェンドなので、常にたくさんの人たちに囲まれていました。その様子を遠くから眺めていたんですけど、そろそろ帰ってしまいそうという時に、松永(大司)監督と一緒に「今しかない!」と、思い切って話しかけて。そうしたら、僕が持っているトロフィーを見て「おめでとう。日本映画が大好きで、君の作品もぜひ観たいんだけど、どうしたらいいかな?」と聞いてくださったんです。その瞬間はとても興奮しました。
──受賞を経て、役者として意識が変わったことはありますか?
世界にインパクトを与えたい思いで、作品に真摯に向き合えば、ちゃんと評価されるんだなと身に沁みました。それから僕自身のことで言うと、今後、日本以外でも仕事ができるんじゃないかと希望が持てた。今、国際的に評価されているのはハリウッド映画だけではない。『RRR』(22)がいい例ですが、映画界がインターナショナルに広がり始めている、その流れに乗っていきたいです。
──字幕を追って映画を観る習慣がない英語圏で、非英語圏の作品がヒットするのは、少し前まであまり考えられないことでした。
僕自身も英語が理解できるので、実は字幕版を観る習慣がずっとなかったんです。でも、韓国ドラマを好きになったことが、字幕を追うトレーニングにつながって。アジア作品の飛躍のせいか、今は世界中の人たちが、どんな言語の映画でも楽しめる状態になってきていますよね。
──その飛躍に拍車をかけたのが、各国の映画賞を席巻した、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(20)。宮沢さんは今年6月からスタートする舞台版『パラサイト』に出演しますね。
いろんな役者さんから「楽しみにしてるね」と声をかけてもらいますし、その期待値の高さに、あの映画が世の中に与えた影響の大きさを実感しています。僕が演じる純平を中心に物語が進んでいくので、(父親役の)古田(新太)さんの3倍くらいのセリフ量があるんです。さらに関西弁で演じるのも初挑戦で、緊張しています。
──古田さんは「宮沢くんに、この座組でふざける喜びを味わってほしい」とコメントしていましたが、また新しい一面が見られるのではと楽しみにしています。
ふざけるということを演技の中でやった経験がないので…(笑)。でも、繊細な会話の中にユーモアが潜んでいて、本当に面白い作品なので楽しみです。普段、かなりしっかり準備していく方なのですが、今回は古田さんから「稽古は稽古場でするものだから、家でやるな」と言われてて。それは、「準備しすぎるな」という意味だと受け取っています。どんなに作り込んでも、実際に相手を目の前にすれば変わってきますよね。そうした現場の空気を大切にしたいし、僕にとっては新しい挑戦になると思います。
『はざまに生きる、春』
出版社で雑誌編集者として働く小向春は、仕事も恋もうまくいかない日々を送っていた。ある日、春は取材現場で、新進気鋭の画家・屋内透と出会う。思ったことをストレートに口にし、感情を隠すことなく嘘がつけない屋内に、戸惑いながらも惹かれていく春。屋内が持つその純粋さは「発達障がい」の特性でもあった。人の顔色をみて、ずっと空気ばかり読んできた春にとって、そんな屋内の姿が新鮮で魅力的に映るのだった。周囲が心配する中、屋内にどんどん気持ちが傾いていく春だったが……。
監督・脚本: 葛里華
出演: 宮沢氷魚、小西桜子、細田善彦、平井亜門、葉丸あすか、芦那すみれ
配給: ラビットハウス
2022年/日本/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/103分
2023年5月26日(金) 全国ロードショー
©2022「はざまに生きる、春」製作委員会
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宮沢氷魚
1994年生まれ、アメリカ・サンフランシスコ出身。2017年にテレビドラマ『コウノドリ』第2シリーズで俳優デビュー。初主演映画『his』(20)で数々の新人賞を受賞。また『騙し絵の牙』(21)で第45回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。ほか、主な出演映画に『ムーンライト・シャドウ』(21)、『グッバイ·クルエル·ワールド』(22)、『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』(22/声の出演)、『レジェンド&バタフライ』『エゴイスト』(23)など。今後は6〜7月に上演される舞台『パラサイト』への出演が控える。
Photo: Norberto Ruben Stylist: Masashi Sho Hair&Makeup: Taro Yoshida(W) Text: Tomoe Adachi Edit: Milli Kawaguchi