フランスの文豪オノレ・ド・バルザックが書き上げた「人間喜劇」の一編、『幻滅 ― メディア』をグザヴィエ・ジャノリが映画化した『幻滅』。200年も前の物語でありながら、現代のSNS社会やメディアの在り方を彷彿とさせる本作は、セザール賞で、作品賞を含む最多7冠を受賞した。同賞で、有望新人男優賞に輝いた主演のバンジャマン・ヴォワザンに聞く、大人になるってどんなこと?
純朴な青年が欲と虚飾と快楽にまみれた世界へ。 映画『幻滅』のバンジャマン・ヴォワザンにインタビュー

──19世紀に書かれた物語が原作でありながら、現代社会にも通じる普遍的なものを感じさせる作品ですが、バンジャマンさんはご自身が演じたリュシアンとどのような部分で共感しました?
彼は田舎者で、都会に出てきて人を感動させたいと望む人物。彼のナイーブさ、純朴さに、すごく共感しました。今までで最も、本来の僕が持っているものを監督が使うことを許した人物なんじゃないかなと。そもそも、いい俳優というのは、自分が持っているものを引き出してもらうことができる人だと思う。撮影中にそういう風にはなるとは意識していなくても、リュシアンという人物のまなざし、目の使い方といった人物造形には、結果的に僕自身が使われているんですよね。
──ちなみに、自分の中で、リュシアンみたいにナイーブだなと思うところってどんなところですか?
美しいものを見ると、すごく心を揺さぶられるようなところがあって、たとえば、道端に綺麗な花とかを見つけると、1時間ぐらいうっとりしてしまう。
──1時間はなかなかですね。リュシアンは詩人として成功することを夢見ながらも、ジャーナリストになっていきますが、バンジャミンさんも詩や文章はお好きです?
僕は、12歳、13歳で俳句を読んでいました。その頃って、まあ友情や恋の目覚めがある時期じゃないですか。それに、父と子、母と子の関係も出来上がってくる。そのタイミングで最も読んでいたのが俳句でした。たった三行の短い言葉が、本物の気持ちよりも、もっと豊かなを感情を表現することもできるんだと思ったものです。その流れで夏目漱石も読みました。
──読書家だったんですね。
どうですかね。僕自身はそんな風にして人生を一歩踏み出したのだと思います。何もやることがない、何をしたいかがまだわからない頃、図書館に行って、1冊本を手に取るんです。それで、最初は小声でその本を読む。その後に、ちゃんと声をあげて読む。そういうことをしていると、言葉の意味が、すごく自分の中に入ってくるんですよ。
──それが今のお仕事につながっているんですね。リュシアンは社公界デビューして、生活や名声のために魂を売ってしまうわけですが、パンジャマンさんは業界に存在するパワーゲームに対して、どう関わっていますか?
パワーゲームというのは、多かれ少なかれ存在するとは思いますが、乱用はしないように気をつけていますね。特に僕は「みんな僕の友達だよ」とか「映画業界は僕の唯一の家族だよ」みたいな意識は持っていなくて。一つの業界の中だけで凝り固まってしまうことに全然興味がないんです。たとえば、ジャーナリストだったらジャーナリズムの世界だけ、銀行家だったら銀行の世界だけではなく、あらゆる業界や人にオープンでありたい。俳優っていうのは、演じる人物の人生が浮かび上がってこないといけないと思いますし。そういう意味でも、いろんな世界にいる人たちと付き合うことが大切だなと考えています。
──ヴァンサン・ラコストさん、グザヴィエ・ドランさんをはじめ、とにかく豪華で幅広い個性の共演者が揃っていましたが、彼らとの掛け合いはいかがでした?
本当にたくさんのスタッフ、俳優が関わる大作で、僕は主演でしたが、自分が座長だとその場を仕切るのではなく、周りをいろんな人たちが行ったり来たりしていました。あ、もうこの人との共演は終わりかなと思ったら、数日したらまた戻ってくるみたいな感じで。そういう構成になっていたのは、すごくよかったですね。才能のある俳優たちと演技するのは、とてもやりやすく楽しいものでした。
──『幻滅』は大人になるとはどういうことかも問いかけてくる作品だと思いますが、バンジャマンさんは、大人になることはどういうことだと考えていますか?
この映画の締めを飾るバルザックの文章がまさにその問いかけについて触れていますけど、大人になるって、なんて難しいことなんだろうって思いますよね。成長すると、子どもの頃にはなかった悩みが出てくるし、そういうものに直面しなきゃいけない。大人になるっていうことは、それだけ大変で、ある意味暴力的なことだと思いますね。
──では、バンジャマンさんは、大人と子どものはざまでとどまっていたいと?
僕は小さな王子様なので(笑)。でも、僕にはできるような気がするんです、大人にならないで生きていくことがね。
──確かに、できそうですね(笑)。2時間半にわたる本作、夢中で観終わってしまいましたが、短い時間でわかりやすいものが好まれるという風潮についてはどう感じていますか?
全てがシンプルで短くてわかりやすくて容易だということが価値となる傾向は、個人的にカオスだし、ドラマチックだなーと思ってますね。汗をかくとか、努力をすることから生まれる価値をないがしろにしているところがあるなと。だからといって、その流れにものすごく抵抗するわけでもないんだけど、「なんで?」とは思いますね。でも、やっぱり一本の映画を観たときに、観客の人たちが、夢を見させてもらったとか、考えさせられるとか、そういうような作品に参加したいじゃないですか。だから、左耳から入って右耳から抜けていくような映画を作りたいとは僕は全く思わないです。
『幻滅』
舞台は、宮廷貴族が復活し、自由と享楽的な生活を謳歌してい19 世紀前半のフランス。詩人として成功を夢見る田舎の純朴な青年リュシアンは、憧れのパリに貴族の人妻、ルイーズと駆け落ち同然に上京。だが、世間知らずで無作法な彼は、社交界で笑い者にされ、生活のために始めた新聞記者の仕事で、当初の目的を忘れ欲と虚飾と快楽にまみれた世界に身を投じていく。
監督・脚本: グザヴィエ・ジャノリ
脚本: イロナ・アハティ、ダニエラ・ハクリネン
出演: バンジャマン・ヴォワザン、セシル・ド・フランス、ヴァンサン・ラコスト、グザヴィエ・ドラン、サロメ・ドゥヴェル、ジェラール・ドパルデュー、ジャンヌ・バリバー、ジャン=フランソワ・ステヴナン
配給: ハーク
配給協力: FLICKK
後援: アンスティチュ・フランセ日本
2022年/フランス映画/フランス語/149分/カラー/5.1chデジタル/スコープサイズ/原題:Illusions perdues /R-15
© 2021 CURIOSA FILMS – GAUMONT – FRANCE 3 CINÉMA – GABRIEL INC. – UMEDIA
4月14日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
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Benjamin Voisin
1996年パリ生まれ。俳優だけでなく脚本家としても活動する若手注目株。フランソワ・オゾン監督作『Summer of 85』(20)でダヴィド役に抜擢され注目を集めた。主な出演作に、『ホテル・ファデットへようこそ』(17)、『さすらいの人 オスカー・ワイルド』(18)、『社会から虐げられた女たち』(21)などがある。今後の待機作に、ディディエ・バルセロ監督の『En roue libre』(22)がある。