©Michael Crotto
『ぼくの好きな先生』『人生、ただいま修行中』などで知られるドキュメンタリー監督ニコラ・フィリベールが、パリの中心地・セーヌ川に浮かぶ、ユニークなデイケアセンター「アダマン号」にやって来る人々の日常に寄り添う『アダマン号に乗って』。アダマンは、精神科医療の世界で起こる“質の低下”や“非人間化”の波にできる限り抵抗し、スタッフを区別することなく、創造的な活動の場を開くことで、共感的なメンタルケアを行っている。心の問題や深い悲しみを抱えていても、生き生きと表現活動ができる場所を、希望として映し出す、ニコラ・フィリベール監督に話を聞いた。
フランスの精神医療のバイアスをそっとそぎ落とす。現代ドキュメンタリーの名匠ニコラ・フィリベールにインタビュー
──『アダマン号に乗って』は、観る者が自分の中に流れる偏見や弱さに気づいたり、ゆっくりと、でも確実に集中しながら思考する時間を与えてくれる作品だと思いました。
おっしゃる通りで、私が撮っている人たちの脆弱さというのは、観ている人自身の弱さや偏見に気づかせてくれるものだと思います。精神疾患のある人たちに対する世の中の偏見は根強いものがあり、それを覆したいという思いからこの映画は作られています。
──アダマンは2010年にオープンしたそうですが、ワークショップのゲストに招待されたときに、どんな印象を受けたのでしょうか。
プロジェクト段階で話を聞いたときから、こういう独創的な場所ができることは素晴らしいと思っていました。初めて来たのはだいぶ昔のことなので、詳細は覚えていないですが、参加者のみなさんが、すごく集中して私の言葉に耳を傾けてくれていたことは覚えています。2時間ほど交流をした方たちは、共に考えるということへのものすごい集中力があり、思考する力強さを体現しているグループだったんですね。刺激的な経験だったので、ここにまた戻ってきて、映画を作ってみたらいいかもしれないと考え始めました。
©Jean-Michel Sicot
──患者とともに共感的なメンタルケアをしていくアダマンのアプローチは、フランスの精神医療では稀なケースなのでしょうか。
もちろん、同じような精神、哲学を持ってケアを進めている場所は結構ありますが、マジョリティではないですね。どこも人手不足と資金不足の問題を抱えているので、アダマンのようなアプローチに投資できないという傾向は強くなっていますし、残念ですが、誰もができることではないんですね。患者さんにラベルを貼ることなく、一人ひとりの声に耳を傾けて、人間らしく接したいという医療関係者はたくさんいますし、幸いにも尊厳をもって働いている人も多いと思います。ただ、素晴らしい木造建築の船と、パリの中心らしくないセーヌ川に面したアダマンの美しい環境は稀だと言えますね。
──精神科クリニック、ラ・ボルト診療所を舞台にしたドキュメンタリー『すべての些細な事柄』(96)に続き、フィリベール監督が精神医療を扱うのは二度目となりますが、それでもやはり自分の中のバイアスに気づく機会はありましたか?
『すべての些細な事柄』のときに、自分の中にあった偏見はかなりはがれ落ちていったので、少なくとも、前回よりはなかった気がします。ただ、もちろん、近づきやすい人とそうでない人はいましたし、ケースバイケースですよね。でも、それは人生においても起こることで、駅の待合所室や病院で待っている間など、自然と近づける人とそうじゃない人がいるんですよね。見た目とか雰囲気で、なんとなく自分が安心する人の隣に座りますし、ちょっと不安な感じがするような人の隣には座らなかったりする、そういうことはあったと思います。
──アダマンにまつわる人々のドキュメンタリーは、本作を含めて3部作になるそうですね。
そうなんですが、最初から3部作にしようと計画していたわけではないんです。1本の映画として完結させようと撮影に入りましたが、いろんな魅力的な出会いがあって。たとえば、病院で寝泊まりしながら、時折アダマンに通っている方がいるのですが、毎日は会えないので、病院に訪ねていくようになったんです。そうしているうちに、病院も撮影したいと思うようになって。特に、患者さんと治療者の会話を撮影し始めました。また、アダマンにいるケアチームの中に、訪問看護をしている方がいたので、一度同行させてもらいました。そうしたら、それも映画にしたくなってしまい、3部作になっていきました。ただ、続きものになるわけではなく、1本目を観ていなくても2本目、3本目を観られるような独立した作品にはなると思います。
──ほかの2作も楽しみにしています。また、本作は、日本の配給会社ロングライドとの共同製作ですが、日本の映画界に対して、どんな印象がありますか?
個人的に日本映画は大好きなので、たくさんDVDを持っていますが、ほとんどがクラシック名作ですね。なので、現在の日本映画界がどうなっているかはあまりわからないのが正直なところなのですが、ロングライドさんと一緒に協力をし、日仏で共同製作ができることはとても嬉しいなと。『La Maison de la radio』(13/未公開)、『人生、ただいま修行中』(18)を経て、3度目のタッグとなりますが、継続的に共同製作ができていることは感動的ですし、美しい関係だと感じています。遠く離れていて、文化も感性もきっと違う部分が多い日本の人たちが、そうやってずっと寄り添ってくださることに、とても勇気づけられています。
『アダマン号に乗って』
フランスのドキュメンタリー監督ニコラ・フィリベールが、パリのセーヌ川に浮かぶ、精神疾患のある人々を迎え入れ、文化活動を通じて彼らの支えとなる時間と空間を提供し、社会と再びつながりを持てるようサポートしている、ユニークなデイケアセンター「アダマン号」にカメラを向けたドキュメンタリー。
監督: ニコラ・フィリベール
製作: ミレナ・ポワロ、ジル・サキュト、セリーヌ・ロワゾ
撮影: ニコラ・フィリベール
編集: ニコラ・フィリベール、ジャニュス・バラネク、メリル・シャンドリュ
配給: ロングライド
協力: ユニフランス
2022年/フランス・日本/109分/アメリカンビスタ/カラー/原題:Sur L’Adamant
4月28日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
© TS Productions, France 3 Cinéma, Longride – 2022
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Nicolas Philibert
1951年ナンシー生まれ。グルノーブル大学で哲学を専攻。ルネ・アリオ、アラン・タネール、クロード・ゴレッタなどの助監督を務め1978年「指導者の声」でデビュー。その後、自然や人物を題材にした作品を次々に発表。『パリ・ルーヴル美術館の秘密』『音のない世界で』で国際的な名声を獲得。『ぼくの好きな先生』はフランス国内で異例の200万人動員の大ヒットを記録し世界的な地位を確立する。2008年には日本でもレトロスペクティヴが開催された。本作で第73回ベルリン国際映画祭金熊賞(最高賞)受賞。
Text&Edit:Tomoko Ogawa