用事があるときにだけ行くというイメージの市区町村役所だけど、目黒区役所は別格。昭和を代表する巨匠建築家・村野藤吾による、幾度も訪れたくなる傑作建築なのです。
昭和を代表する建築家・村野藤吾が手がけた、世界に誇りたい公共空間「目黒区総合庁舎」:東京ケンチク物語 vol.39

目黒区総合庁舎
MEGURO WARD OFFICE
20世紀日本の建築家の代表格・村野藤吾。モダニズムらしい機能性やシンプルさと、ディテールの優美さが両立するそのスタイルは、今も唯一無二の魅力を放つ。時間の流れとともに、現存する村野作品が数を減らすなかで、貴重な存在なのが「目黒区総合庁舎」だ。中目黒駅にほど近い駒沢通り沿い。ゆるやかな上り坂になった道路をそれ、緑の生い茂る庭園を抜けた先に、その美しい建物は現れる。正面にそびえる6階建ての本館と、向かって右側に建つ9階建ての別館。建物の外観を特徴づけるのは、巨大な縦格子のルーバー。各フロアにはバルコニーがぐるりと巡らされ、このルーバーが建物全体を覆う。一見コンクリートの列柱と見まごう重厚な印象のこのルーバーはなんとアルミの鋳物製。神殿のような荘厳さと、アルミならではの華奢さからくる浮遊感が出合った格子が、太陽の光を受けて、建物に刻々と変化する影を投げる。
この建築、元は1966年に、ある生命保険会社の本社ビルとして完成したもの。これを2001年に目黒区が取得。元の村野建築のよさは残したままに改修や耐震工事を行って、03年から区庁舎として活用している。いち企業のビルが役所に生まれ変わるケースはなかなか珍しいが、この転用(コンヴァージョン)が見事に奏功。高度経済成長期の上向きな景気を背景に、村野がのびのびとデザインしたのであろう空間やディテールが、単調になりがちな役所の場に、強烈な個性を添えているのだ。たとえば本館3階にある南口のエントランスホールは白い大理石張り。天井にはガラスモザイクで彩られた石膏ドームが据えつけられていて、光量を絞った淡いベージュの空間に光を落とす。さらにその奥にあるつり構造の螺旋階段も必見。手すりの優雅な曲線や、なめらかに仕上げられた階段の裏側にも、うっとりとしてしまう。
納税に、転出入届けの提出に、住民票をとりに……。ともすれば義務的に訪れ“ざるをえない”場にもなりかねない役所が、目黒区ではこんなに美しい場であることに嫉妬してしまう。特に用事がないときだって、村野藤吾が半世紀以上前に織り上げた美を慈しむために立ち寄りたくなる建物。コンヴァージョンで生まれた、世界に誇りたい公共空間だ。