クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。28歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回はvol.81大真面目に大真面目をしない ニューアルバムについてのインタビューはこちら
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.82
勝手に感動してるだけ

vol.82勝手に感動してるだけ
ドラム式洗濯機の液晶画面には「残り 約2分」の文字。腰に手を当て、おしゃれ着洗いが終わるその時を洗面所で今か今かと待ち構えている私。リビングで付けっぱなしになっているテレビのニュースから「最大9連休のゴールデンウィークとなります」と澄んだ声が聴こえてきて、脱水の振動音に負けないなんてすごいなぁと1人感心していると、前の前で終了音が鳴った。
扉を開けランドリーネットからロングスリーブを取り出す。襟ぐりの横端を持ち、上から下に大きく振り落とす。コツは振り落としはじめるその一瞬にだけグッと力を入れること。その後は一気に脱力する。そうするとパンっと乾いた小気味良い音がして、これを数回繰り返すと全体の大まかなシワが取れ、ハンガーに掛けたら、残った小じわを両手で挟み込みトントンと軽く叩き伸ばしておけば、アイロン要らず。ちゃんとした場に行く時は、スチームアイロンを当てたりもすることもあるけれど、アイロン掛けは私にとってかなり苦行なので、予め分かっている用件であれば前もってクリーニング屋に出向き、潔くプロの力を頼る。丁寧な暮らしを心がけてはいるけれど、苦手なことがあったら人を頼り、手を合わせお願いし、自分が得意なことをその倍ご機嫌にやれば良いと思う。「完璧」と「こだわり」に囚われすぎないこと。
午前中に家の生活を整えることが出来たので、3つ先の駅まで歩いて行くことにした。マンションのエントランスを抜け、自動ドアをくぐったら、緑色の風と眩い光が待ったなしに輝いていた。夏が来る前の、とても貴重なこの爽やかさ!私はマスクを外し、結んでいた髪も解いた。なんだかもう、アルプスのハイジみたいに着ているワンピースも全部脱いで真っ白な下着で芝生坂を駆けて、転げ回りたいような気持ちになって(大人だからもちろんしないけど、比喩ね、比喩)、駅までの散歩と少し迷ったけど、近くの公園で日光浴をしてから出かけることにした。
午前中ということもあってまだ人は少なくベンチに座って手や頬や髪を、光に潜らせた。そっと目を閉じ、木々の話し声や、流れる季節の煌めき、揺れる風に心を柔らかくしてもらい、やれることをやって後は流れに身を任せよう、と目を開ける。そして思う。誰かの為に、人の為に、と自分が手渡せるものはとても少ない、と。いや何もないかもしれない、と。すごく爽やかに。
私は勝手に自分の心を木や季節や風に重ねて明日を生きる力を貰うけど。自然は人に希望を与えよう、なんて思ってない、ただそこに在るだけ。自分の命を真っ当しているだけ。そこに意味を求めたり、理由を付け加えたりするのはいつだって、人間という動物。でも木や季節や風が自分自身を楽しみ鍛えている姿はやっぱり大きい。
そろそろ駅に行かないと。集合時間に遅れてしまう。人様に感動を届ける、なんて、なんておこがましい。私は私自身を感動させることに精一杯命を燃やして行こうと思う。
Text:Leo Ieiri Illustration:chii yasui